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うしろの席の戦乙女(ヴァルキリー) 外伝2「撮影会」 著:土也王求一 イラスト:はくり

「本当に、やる、の?」
ネルは恥ずかしそうに戸惑った目で空先輩の方を振り返る。
「もちろんよ。ほら、もっとこっちに寄って」
 空先輩はそう言うと、ネルの右手を持ってグッと彼女を自分の方に引き寄せた。まるでこう言ったシチュエーションには慣れていると錯覚させるような落ち着いた態度で完全に様になったモデル立ちポーズを決めている。
「そ、そんなに近付くんですか、空お姉様ぁ」
「当然じゃない! ほらほら」
 放課後、吉祥寺高校のクラブハウスのあるC棟三階。
その一室に響く二人の女生徒の声が響き渡る。
俺は、証明ライトの向こうから2人の様子を醒めた目で眺めていた。その時、続け様にストロボが焚かれて、白いラシャ紙の前に立つ2人の姿を閃光が包み込む。正面で3脚を立てて、1眼レフを構えているカメラマン役は同じクラスの悪友、柳群雅だ。パソコンもカメラも家電品のメカはセミプロレベルにはソツなくこなす男だ。
「今、光を回して、ポラ切って見るから少しそのままで、待っててくださぁーい」
群雅はそう言って、ポラロイドカメラから吐き出された写真を両手で押さえている。そうすると多少は写真の発色が早く出来るみたいだ。
「ネルは肌が綺麗ね」
 空先輩がポツリとそうつぶやいた。
「そんなの、空お姉様だって」
「ふふふ、何だか興奮しちゃうわ」
「ダメだって! もうこれ以上はぁ……もう、もう」
 C棟三階はほとんど活動していない部活動ばかりが入っているため、昼休みは多くの場合人気はほとんどない。
すなわち、彼女たちの声が部室から漏れても、それに興味を抱いて覗きに来る様な者は無く、また2人の暴走を止める者もいなかった。
「ポラは良い感じに上がってるので、早速撮影、本番に入ります。行きますよ」
と群雅。
「えっ、えっどんなポーズすれば良いのぉ」
と慌てた表情のネル。それに空先輩は
「自然にしてれば、良いのよネル。カメラのお兄さんが綺麗に撮ってくれるから」
「そんなぁ……俺全くの素人だから、どうすっかね?」
と群雅は照れたように頭を掻いている。空先輩に流し眼されて完全にあがった様で顔が真っ赤になっている。
「おい、群雅、昼休みは短い。時間ないだろう。部活のポスター程度だから簡単に澄ませてくれよ」
と、群雅をせかした。群雅は俺に背中を押されて、やっと気持ちを切り替え連写でシャッターを押し始めた。
そう割り切ったら群雅は仕事は早い。
空先輩の細かい仕草と動作の変化に合わせて、タイミング良くシャッターを切って行く。ネルは空先輩の動作に合わせて、うろうろしているが、そんなバラバラのポージングも、むしろ自然な感じで良いかもしれない。何しろ部活のポスターなんだからそんなに難しく考えない方が良いと思う。空先輩は、群雅のシャッターに動作を合わせながらも表情を崩さずに、ごく自然にネルに話しかけている。
「そんなことを言いつつ、ネルだって期待しているんじゃないの」
「ネルはそんなこと……ノーマルだし……」
「本当かしらねぇ」
「本当だもん」
「でも、顔も少し紅いみたいだし、心臓の鼓動も早いみたいな気がするけど?」
「これは空お姉様が近すぎるから、勝手に反応しちゃっているだけなんだから!」
「いいじゃない、せっかくなんだから楽しまないと」
「空お姉様……」
「ネル……」
 二人の唇が自然と近づいていって、触れ合う寸前だった時、
「やっぱり、こんなのダメ!」
 ネルが空先輩の顔を腕で突っぱねる。
「だって、カメラマンさんからNGも何もないんだもの」
ちょっと微笑んで流し眼で群雅を見た空先輩はそう言った。ネルをからかっていると言うよりも群雅をからかっていると言った方が的確だ。
「もう流星、このままだったらネル危なかったんだからね!」
それに対して、どう対処したらいいのか分からないネルは良い様にあしらわれている。
「ご、ごめん……」
ってなにを俺は誤ってるんだ。
さっきの休み時間、クラブの勧誘ポスターを作る話を不用意にも群雅のいる教室でしてしまったのが事を大きくした始まりだ。
自分が女の子の写真を撮れると決まった途端、写真部から備品を調達してこの怪奇研究部に持ちこんで来やがった。とにかく女の事となるとヤツは動きがメチャ早い。
「あら、真に迫ったほうが、写真からも伝わるものよ。それともNGを出さなかったのは、流星君も私達に混ざりたかったからかしら?」
空先輩が、何時になく乗り乗りで魅惑の視線で俺を捉える。レンズは女を変えるのかぁ……。なんて挑発的なんだぁ。俺はあわてて左右に首を振った。
今の空先輩の発言からすると、俺はこの撮影で監督の位置に据えられているらしい。そんな位置に置かれても俺は何も言えることなんかない。ただの照明マンが関の山だ。
「そうなの、流星! も~、正直に言ってくれれば良かったのに」
 ネルが、俺にそう問いかけて来る。
今、俺が置かれている状況について説明しよう。
 簡単に言うと、俺、南雲流星のクラスに突然出現した、異世界からの転校生ネル・レイテフによって、平穏な学生生活は一変した。
俺はネルと篠原空先輩のいる怪奇研究部に入部することになったのだ。望むと望まざるに関わらず、先日の怪事件を発端に強大な異世界からの魔物や邪神達と戦う非日常に足を踏み入れてしまったのだった。
それはそれとして、この昼休みは俺たちが所属している怪奇研究部を校内に知らしめるポスターを製作する話が出て、それの製作の手始めとして、素材製作の撮影会をすることになった。
様々な本やオカルトグッズ、何故か無造作に積み上げられた古いブラウン管テレビの数々などが所狭しと置かれた部屋の一角を何とか空けて、群雅が写真部とその他どこからか調達してきた撮影機材を入れて、クラブ紹介の為のポスター制作の撮影会と相成った。
そもそも、「効率よく皆さまからの相談を受けるためには、この部活の認知度を高めるのが、大事!」と空先輩が言い出し、それなりの議論の末ポスターを作ろうということになったのが全ての始まりだったが……。
「空先輩、ここ『怪奇研究部』ですよね?写真部とか芸能事務所じゃなくて……」
 カメラ役の群雅がポラロイドで試し撮りした写真があまりにモデルとして様になっているのに感心して空先輩にそう聞いてみた。
「流星君、今更何を言っているの。当然じゃない」
先輩はさっと髪をかき上げる仕草をして、さも当然という感じに答えている。
「だったら、もっとそれらしいポスターにしたほうがいいと思うんですけど。妖怪とか邪神とかが描かれているような」
 怪奇研究部なのに、美少女二人が写ったポスター。誰が不思議なトラブルを解決する部活動だと思うだろうか。
「えぇ~、それだと可愛くないよ」
「魔物や邪神が描かれたポスターと美少女二人が艶かしく写っているポスター。群雅君、あなたならどちらに相談に行きたいと思う?」
「美少女のポスター、でぇす」
と群雅がカメラ片手に即答する。
俺はこんなところで、2人に不用意に逆らうわけにはいかない。そんな事をしたら、群雅が帰った後、どんな反撃を喰らうか……。
「大変正直でよろしい!!」
 空先輩が勝ち誇った笑顔を群雅に向けている。
「でも、何か足りないなぁ」
「どうしたの、ネル?」
「ネル達らしさがポスターから伝わってこないと思うんだよね~」
「そうね……ネルの言うことも一理あるわね」
「例えば、ネルが手にMG42機関銃を持って、背景に戦艦扶桑の三五・六cm連装砲がババーンと出ているみたいな」
「いいわね! 私はF‐15・ミラージュ2000・ユーロファイターが背後に並んでいる感じにね」
 ネルと空先輩が「私も何か手に持ちたいわね」「ネルの代わりに、パンツァーファウスト持つのはどう?」などと盛り上がっている。しかし、それだと完全にオカルトから離れて、軍事研究会みたいに見えることだろう。ミリタリーガールズパブとかも学園祭にはあったようだが……。そんなお水系のポスターになっちまう。
「二人とも、さらに怪奇研究部と離れたと思うんだけど」
「もう、流星君は文句ばっかり! だったら、良い案を出してよ」
「だから、魔物や邪神、妖怪を前面に出したポスターに」
「今、人気の美少女×ミリタリーが一番だとネル思うんだ、にゃぁ」
 撮影が一区切り着いて、4人でポスターの構図に付いて話し合いが始まった。その頃にはもう昼休みは終了の時間になっていた。
午後の授業が終わり再び部室に集まったのだが、さっきの議論には決着がつかない。夜が更けるまで話し合ったものの良い案が出ず、結局昼休み最初に撮影したネルと空先輩が二人仲良さそうに並んでいる絵が採用になったのだった。
群雅はとっくに帰ってしまっている。無論、写真データの複製は全てゲットしていったようだ。
 そんな訳で、不思議な事件、怪奇なトラブルについての相談は、吉祥寺高校怪奇研究部まで!

END

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