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第1転生課の存続がかかった、あの熾烈(しれつ)な日々から、そこそこ経ったある日のこと。
さて、今日も死者と面談を行い、転生させるぞと意気込む志郎(しろう)。
その志郎が業務を行うカウンターにやってきたのは、骨――スケルトンだった。
この仕事をするようになってそれなりに経つが、未だにファンタジーな生き物を前にすると興奮する。ラノベ脳は死んでも治らないのだ。
「シローってば、そんなに興奮してエッチなの!」
そう言ったのは、志郎にひっついていたレンだ。以前とはまったく違う密着具合に志郎は落ち着かなくなるが、レンは志郎の反応がうれしいみたいで、よりいっそう密着してくるのだった。
「なあ、レン。エッチって何でだ?」
「だって、そのスケルトン、女の子なの!」
「マジか!」
端末で生前プロフィールを確認すればわかるのだろうが、その必要はない。レンが嘘を言うわけがないからだ。なぜなら、レンは天使だからだ。ならば、目の前のスケルトンは女子なのだ。
だが、このスケルトンが女子であることを見抜いたのは、レンだけではなかった。たまたま後ろを通りかかったというフィリア、偶然すぐ近くに用事があったという茉琴(まこと)、隣の席のセルセラもだ。
「な、なんでみんなわかるんだよ!?」
「恥骨のあたりにリボンつけてるじゃねーか」
セルセラに言われて気づいた。確かについている。なるほど、だから女子か。……いや、そうなのか? 男子でもリボン好きとかいると思うのだが。
●
スケルトン(女子)の面談をする。
まず、スケルトンがすでに死んでいること(何やらそこはかとなく矛盾を感じるが)。
そして、転生できることを告げる。
果たして、彼女の返事はこうだった。
「ボク、転生しないよ!」
志郎に衝撃が走る。まさかこのスケルトンがボクっ娘だったとは。
「……いや待て落ち着け、違うだろ、そうじゃないだろ」
転生する際に使用する、彼女の転生ポイントを確認する。かなりある。
また、それと同時に、彼女の経歴もざっと確認する。
やはり、そうだ。これは、彼女が生前(?)、苦境にあってもへこたれず、がんばってきた証拠だ。
ならば、がんばった分、きっちり報われるべきだと志郎は思った。そのことを伝えた。
だが、彼女は言った。
「ボクには、許婚(いいなずけ)がいたんだ……」
再び志郎に衝撃が走る。まさかスケルトンに許婚が!? 経歴を確認する際に見落としていたようだ。
ともあれ、彼女の話を聞く。
要約すれば、転生したくない理由はこういうことだった。
彼女には許婚がいて、その許婚と生まれ変わっても一緒にいようと誓い合ったという。しかし、ここに彼はいない。
つまり、彼と一緒に生まれ変わることができないということ。
なら、自分は転生などしたくない。
彼女の言うことは正しい。許婚とやらがここにいないということは、すなわち、彼は転生できないということに、他ならないからだ。
●
彼とともに生まれ変わることができないスケルトンは、自暴自棄になった。
自分だけ転生できることをはかなみ、自害しようと試みる。首つり、服毒、入水など。他にもあれやこれや。
だが、駄目だった。自害できなかった。
彼女はスケルトンだったし、そもそもこの世界にいる時点では魂的な存在なので、自害することなどできないのだが。
そんなスケルトンに対して、志郎は親身になって説得に当たった。
自害なんてしてどうする。そんなことをして、許婚が喜ぶと思うのか。彼が君に望むことは君が笑って過ごすことではないのか。そう、生まれ変わった、新しい世界で。
最初こそ『君にボクの何がわかるんだい!』と反発していたスケルトンだったが、志郎が本気でスケルトンのことを思っていると、彼女のために心を砕いていると知ると、態度に変化が現れ始めた。
具体的には、
「やさしい君! 君はボクの許婚の生まれ変わりに違いないよ!」
そんなことを言い出して、志郎の世話を焼き始めたのだ。あれこれかいがいしく、いそいそと。
その世話焼きっぷりはどう見ても新妻っぽい感じで、志郎も当初は『俺は君の許婚の生まれ変わりじゃない!』と否定していたものの、スケルトンのあまりのかいがいしさにほだされたのか、
「志郎、最近、鼻の下が伸びてるような気がするんだけど」
と茉琴が言い出した。
「そんな事実はまったくない! 言いがかりにもほどがある! な、フィリアもそう思うだろ?」
「そうね、茉琴さんの言うとおりだわ!」
「あれぇ!? そう来ちゃった!?」
「第1転生課のためにがんばってくれていた志郎くんは、どこに行っちゃったの!?」
「いや、今もがんばってるよ!?」
レンに同意を求めると、レンは「シローはいつもシローなの!」という答えが返ってきた。微妙に答えになっていないが、気にしない。なぜならレンは天使だからだ。
「そうね。確かに、あたしに報われて欲しいって、あたしのためにがんばってくれていた志郎は、どこに行っちゃったんだろうって思うわね」
「何を言っているの、茉琴さん。あの時、志郎くんががんばっていたのは、わたしのモットーに共感してくれて、第1転生課を存続させるためよ?」
「そうね。――表面上は、ね」
「違うわ! 本当に、心の底から、第1転生課のためよ! わたしのモットーに共感してね!」
それは前にも見たやりとりで、
「おいおい、二人とも。ウメっちのこと好きすぎだぜ」
「違うから!」「違います!」
思いきり否定された志郎はガチで凹む。美少女二人から恋のベクトルが自分に向いていないことは以前も否定されたから知っていたが、それでもこうして改めて突きつけられると、その衝撃は大きい。今夜は目から溢れ出た汁で濡れた枕が冷たくなるだろう。間違いない。
それはそれとして、スケルトンだ。
「……ごめんね。君がやさしくて。本当にやさしくて。彼じゃないことはわかっていたけど、それでも君に甘えたくなっちゃったんだ。だって、もう彼と会えないと思ったら、心がどうにかなっちゃいそうで……」
「スケルトンちゃん……」
スケルトンの告白にフィリアが涙を流し、それをきっかけに、茉琴、レン、セルセラ、志郎も泣いた。
こんなに彼のことを思っているのに、彼にもう会えないとは。運命とは何と腹立たしいものなのか。
志郎たちの思いがそう一致した時だった。
「ああ、我が愛しの姫君よ……!」
スケルトンの許婚が現れた。
「我の意思は危うく闇に呑み込まれ、消滅しかかっていたが、貴女(あなた)に再びまみえたいと必死にもがき――今、こうしてその姿を目にすることができた!」
きざったらしい言い回し。しかも低音のいい声だ。フィリアをはじめ、女子職員たちがうっとりしている。茉琴などは「……声優のあの人に似てない?」とか言って、ほんのり頬を赤らめているではないか。
確かに声を聞いたらいい男を想像するだろうし、彼の、危うく消滅しかかりながらも、彼女(スケルトン)に会いたい一心で、ここまでやってきたという姿勢は、いい男に値する。
だが、目の前にいるのはオークだ。姫騎士とかに「くっころ」を言わせる、あれだ。決してうっとりしたり、頬を赤らめたりする対象ではないはずだ。
しかし、それは志郎の『※個人的な感想です』に過ぎない。
実際、スケルトンはその虚(うつ)ろな眼窩(がんか)をうっとりさせて(不思議なことにそう感じるのだ)オークを見つめたかと思えば、彼と熱い抱擁を交わしているではないか。
念願かなって再会した二人は、あれよあれよと話を進め、あっという間に転生へ。
すべての書類が整い、転生準備室に向かう。
が、スケルトンが立ち止まり、振り返った。何か話があるのかと思ったが、彼女が呼んだのはフィリアと茉琴の二人。
小声でささやく。
「二人とも素直になった方がいいよ。素直になれなくて後悔しても、遅いんだよ」
最後にスケルトンは、
「やさしい君、本当にありがとう!」
志郎にそう言って、オークとともに、転生していった。新しく生まれ変わった世界で、しあわせになるために。
「なあ、フィリア、茉琴。スケルトンに、何を言われたんだ?」
二人は顔を見合わせ、怒っているような、照れているような、そんな顔をして、
「秘密よ」「内緒」
教えてくれなかった。
気にはなったが、まあいいと気を取り直す。
今日も志郎はがんばり続ける。
生きている間、がんばったことが報われなかった死者たちが、生まれ変わって報われる、そのために。