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きっかけは雪凪の何気ない一言だ。
「そういえばまおちゃん、離れってちゃんと掃除してる?」
MMDの動画完成パーティーから数日後。
長かった白い髪をさっぱりと短くした雪凪の声は、以前のぼそぼそとした喋りとちがって凛とよく通る。朝食の席でもそれは例外ではない。
「うん……? 掃除……?」
じゃっかん寝ぼけ気味にイスティは言った。
輝くような金髪はねぐせでぼさぼさで、金色の瞳は半開き。せっかくの美少女が台無しだが、まあでもこいつはいつも台無しだよなと勇真はかってに納得する。もはやもったいないとすら思わなくなったあたり慣れってすごい。
「うん掃除。してる?」
「ああ、うん……してるぞ……全然してる……」
もさもさとトーストをほおばりながらイスティは言う。
寝ぼけ気味っていうか寝てないかこいつ。
目、半開きっていうか二分開きくらいだぞ。また夜更かししたのか。
「ほんとかな……」
「なんか気になるのか雪凪」
納得していない様子だ。たしかに適当に答えられた感ハンパないけど。
「気になるっていうか……ナッちゃんが言ってたから」
「奈月おばさんが? なんて」
「まおちゃんの布団のシーツ、四月に換えたっきりだけど大丈夫なのかなあって……心配そうに」
「えっ普通にまずくないかそれ」
いまは八月下旬である。
梅雨が明けているとはいえ、蒸した日はまだまだ続きそうだ。
「あと、母屋にある掃除機もちりとりも雑巾もコロコロも、倉庫の古いやつも、どれも使われた形跡がないっていうし。いつ、どうやって掃除してるんだろうってすごく気にしてて……」
「……もしかして、困ってた?」
「かってに入ったり、中をいじろうとするとまおちゃん怒るって……」
「おいおい……」
お手伝いの奈月おばさんは実質、日下家の大黒柱だ。
勇真と雪凪はもちろん、父と母も全幅の信頼を寄せており、勇真が物心つく前からこの屋敷の世話をほとんどこなしてくれている大切なひとだ。
いまや彼女なしで日下家は回らないといっても過言ではない。
あと料理がとてもおいしい。マジで。今日はお休みなので勇真の手抜き料理だが。
「…………」
その奈月おばさんが困らされているという。
話を聞いているのかいないのか、うつらうつらしたままトーストを食っているこのクソ魔王に。
勇真と雪凪は見つめ合い、たがいにうなずいた。
「するか掃除」
「うん。しよっか」
決行はスピーディだった。
まず寝ぼけているイスティを縛り上げて丁重にしまいこんで――文句を言わせると大変めんどうになりそうだから――から、勇真と雪凪は汚れてもいいシャツに着替え、ゴム手袋とマスクを装着する。
厳重に装備を固めて掃除用具一式とともに、いざ離れの部屋に突入。
「「……うわ」」
で、ふたり一緒に顔をしかめた。
これはひどい。
そうとしか言いようのない惨状だった。
整頓とは無縁のマンガの山、あちこちに散乱した菓子の袋、一目で万年床とわかるばっちい布団……上げていけばキリがない、というか他にもいろいろと言語化がためらわれるような有様だ。
「あんまり言いたくないけど……ひどいね……」
「ゴミは出させてたからある程度大丈夫だと思ってたけど……これは、うん。俺が甘かったな……というか、雪凪は今まで入ったことなかったのか?」
「うん。まおちゃんとやりとりするときは、基本的にわたしの部屋でやってたし……にしても、ひどいね……」
「二度言っちゃったな……」
言ってしまう気持ちもわかるが。
なにより腹立たしかったのは洗濯物だ。奈月おばさんがたたんで持ってきたであろうそれは一切しまっていないらしく、部屋の隅でぐちゃぐちゃに積み上げられている。もう一度言わせてもらおう。これはひどい。
「でもあいつ、生放送のときとかどうしてるんだ? こんな状態の部屋映せないだろうに。実際、前見たときはここまでじゃ……」
「……たぶん、全部ウェブカメラの死角に追いやってるんじゃないかな。ブルドーザーみたいに力技で。ほら、ここ、引きずった痕がある」
「ものぐさの極みかよ……」
なんてやつだ。つくづくひどい。
「長丁場になりそうだな……雪凪、大丈夫そうか?」
「へいき。お兄ちゃんこそ、途中でバテないでよね」
細腕に力こぶをつくってみせる頼もしい妹。
で、ぼちぼち手分けして始めることにした。
勇真はまずつけっぱなしだったエアコンを止めてスパーンと窓を開け放ち換気。それからまずいちばん目に余るPC周りを、エアダスターを使う前に軽く整理……
「……って、パソコンもつけっぱなしじゃねえか。ったく、なんでもかんでもやりっぱなしに……しやがって………………………………」
「? どうしたのお兄ちゃん。急に止まって」
ひょこりと覗き込んできた雪凪も、停止の理由にすぐに気付く。
そしてしぶーい顔で警告してきた。
「…………お兄ちゃん?」
「わかってる」
「いくらなんでもだめだからね? 偶然、たまたま、まおちゃんの防犯意識が低くてロックがかかってないからって」
「わかってるから」
「女の子のパソコンだよ? プライベートの塊だよ? まおちゃんにだってプライベートはあるんだよ?」
「そのとおりだ。今まさにがっちがちに自由を奪われて閉じ込められているあいつにも、人権らしきものはある……あるんだ……」
「そう。あるの。わかるよね?」
「ああ。わかる。わかってる。…………ちょっとだけだから」
「わかってないじゃん!?」
もー! とぷんすか怒り出す。
「お、落ち着け雪凪。ほんとにちょっとだけでいいんだ。デスクトップだけ……」
「だめにきまってるでしょ!? もし本当に見たら、わたしの部屋にもう一生お兄ちゃん入れてあげないんだから!」
「ええ……っ!?」
「ほらもー! そんな悲しそうな顔するくらいならやめるの! めっ!!」
うう。とりつくしまもない。
「で、でも、これだけ。これだけ、雪凪もちょっと気にならないか? ほら」
「もう、なんでそんなに食い下がって…………んん?」
勇真が指したものに雪凪もじゃっかんの興味を示す。
それはデスクトップにあったひとつのフォルダだった。
フォルダ名は――
「『とある魔王の引籠日記』? なにこれ……」
「な? 気になるだろ……っておい!?」
雪凪はすすんでそのフォルダを開いた。
散々言っておいてこのやろう。
フォルダの中には大量のメモ帳が保存されていた。
ファイル名はすべて『二〇一●一〇一五』といったようになっている。おそらく日付だ。いちばん古いものは去年の十月で、最新は十二月中旬。
「まおちゃんがうちに来てからつけてた日記……ってこと?」
「だろうな……ところで雪凪、おまえあいつとちゃんと話すようになったのっていつくらいからだ?」
「……たしか去年の十二月の後ろくらい」
「つまり、ここにあるのは、俺もおまえもろくに知らない時期のあいつがつけてた日記ってことなんだろうな」
「…………」
「…………」
迷いに満ちた沈黙をやぶったのは雪凪だった。
人差し指と親指で隙間をつくり、小さくかわいい声で言ったのだ。
「…………ちょっとだけなら」
二〇一●一○一五
我が名はイスティ。魔王である。
怒りと憎悪を絶やさぬよう、こうして日々を綴ることにした。
このパソコンというのは便利だな。うむ、たいへんよい。
かつて支配したハルギスとは異なる世界に、力の源たる邪輝を失った状態で復活を果たし、にくき勇者と出会い……その息子にワンパン負けして二週間が経った。
我はいま、にくき勇者一家が住まう屋敷の一室を拠点としている。
かつての城と比べれば矮小にもほどのある空間だが、それも考え方次第だ。
獅子身中の虫という言葉がこの世界にはある。
すなわち我は勇者どもにとっての虫となり、毒となるのだ。
すべては再びこの世界を支配するため……いま『魔王が虫ってwww』って思ったやつ極刑な。いやメモ帳だし誰が見ているわけでもなかろうがそんな気がしてな? 気のせいであろうが。
というか勇者の息子。
あいつやばい。ほんとおかしい。
ほぼ出会い頭にワンパン……いや実際一撃じゃなかったな。
ツーパン。ツーパンだ。
アッパーからの打ち下ろしで計ツーパン。そこは訂正させろ。
出会い頭だぞ?
あの凶悪なツラで。この美少女顔に……この美少女顔にっ。
我の美しい金髪が血色に染まってないのが気に食わねえとばかりに、ためらいなく重いのぶちこんできおって。狂犬か。昔我の城で飼ってた炎獄の三頭犬の方がまだ行儀がよかったぞ。
どうかしている。
そして目下、我の目標は、そのどうかしたヤツをなんとかすることにある。
クサカユウマ。
かつて我を打ち倒したにくき勇者、その息子の名だ。
顔面の凶器っぷりもさることながら、こやつ生意気なことに父親の勇者の力をほとんどそのまま秘めておるのである。
強くてニューゲームというらしいな、この世界では。
でもなんで我は弱くてニューゲームなんじゃろ。
おかしくない?
理不尽感じない??
これでも我魔王ぞ????
まあいい。いやよくないがさておこう。
ともかくだ。
あの忌々しいクソガキをどうにかしないことには、再び世界を支配することはおろか、我の心に安息が訪れることさえ永久にあるまい。
むろん、克服するための努力は日々怠っていない。
今朝などは、挨拶にきたあいつに声を震わせずに返事をすることができた。
まあドア越しだけど。
それでも、これは大きな進歩だ。
三日前まではドアをノックされただけで毛布にくるまらずにはいられなかったし、一週間前なんて気配を感じただけでアレだったからな。……アレ。ほらアレだ。ベソかいたというか? 泣き叫んだというか? そんなアレ? みたいな? うん。
次はドアを開けて……そう、1センチくらい開けて、あの凶悪なツラを拝むことを目標にしようと考えている。
すこしずつ、すこしずつだ。
ともあれそんなかんじで、我はいつか力を取り戻したときにそなえている。
けして、引きこもって時間を無駄にしているわけではない。
このパソコンとインターネットがあれば、その力の取り戻し方だっていずれ見つかるにちがいないのだから。
「あー。あの頃かあ……」
懐かしいなあ、と思わずしんみりしてしまう。
思えばもう十ヵ月も前のことになるのか。月日が経つのは本当に早い……
「さわりくらいは聞いてたけど、お兄ちゃんわりとひどいことしてるよね」
「言われてみるとたしかに」
「初対面の女の子に空中コンボって」
「……弁明していいか?」
「どうぞ」
「たぶん俺、初めて会ったときから、あいつを女子だと思ってなかったんじゃないかな……こう、本能的な部分で……」
「余計ひどくない!?」
言ってみるとたしかに。
さておき、適当に次のファイルを選んで開いてみる。
二〇一●一一〇五
我が名はイスティ。魔王である。
最近アニメがおもしろい。
「しっかり楽しみ始めてるな!?」
思わず突っ込んでしまった。
ネットでいろいろ調べているうちに動画サイトか何かに行き着いてしまったとみえる。にしても染まるの早すぎないだろうか。
「まあアニメはおもしろいよね。うん」
わたしも大好き、と雪凪はしきりにうなずく。
ともあれ続きを読んでいく。
一週間前にも書いたが、最近ニカニカ動画で一挙生放送がたくさんやっていてな?
BDBOX発売記念とか二期決定とかそんなんで。ほんとたくさん。
こんな一気にやられてさばけるかバカ者――と、たしか我書いていたよな?
うん書いてるな。
いま確認した。一週間前の。
書いていたが……なんというか、なんだかんだでどれも気になるタイトルだったゆえ……その、ついな?
全部見てしまったというかな?
寝食を惜しんでな?
しかたないではないか。
我DVDとか借りに行けないし。
外コワイし。
Dポイントカード持ってないし。
いやナツキに頼めば行ってくれる気がしないでもないがな。それはさすがにちょっと気が引けた。こう、タイトル口にするの恥ずかしくて。
このチャンスを逃したら次はいつ見れるか……一度そう思ってしまうと、ほら。な?
わかって? わかれ。
まあ、そんなわけでたいへんな寝不足だ。
ちょうどブラゲの大規模イベントも始まっているから、マジで一睡もしとらんまであるという。
いやー。
いっそがしいな我。
アニメにブラゲにまとめサイト巡回に、アニメ原作のネット小説読みあさって……
かー。つらいなー。
めっっっっちゃ忙しいなーーーーー。
…………言うな。わかっている。
忘れておらん。
忘れておらんとも。
クサカユウマをどうにかするというあれな、あれ。
もちろん覚えている。なにしろ我は魔王イスティだ。
その件、じつは進展があった。
なんと先日、やつの顔がふつうに見れたのだ!
それどころか言葉も交わせた! ふつうに!
すごくない? 我すごくない??
さすが魔王ってかんじしない????
…………いやまあ、深刻な寝不足で頭ぼーっとした状態だったから、というのもぶっちゃけあったんじゃが。
ナチュラルハイというかなんというか。
話終わってから正気に戻って、ちと血の気が引いたのはここだけの話にしておいてほしい。うむ。
しかし、これは大きな進歩であった。
一度話してみると『なんだこんなもんか』くらいの感想だったし。たぶん次はもっと尊大かつふてぶてしくいけるはずだ。
壁を一つ超えた感ある。
しかし――残念なことに、我の力を取り戻す方法は未だ見つかっていない。
おそれず向き合えるようになったところで、我に『魔王』としての力がなければ再びワンパ……ツーパンされてしまうのがオチだ。
これについては、引き続きネットで調べていこうと思う。
あっ今夜また一挙放送あるではないか……席予約しなくては……
「ようするに暇なんだなこいつ」
「だってお兄ちゃん、ずっと部屋にいると時間ってすごく長いんだよ?」
「おまえが言うと説得力ハンパないな……」
「ものすごくわかるの……わかりすぎてちょっとつらい……」
「急にダメージ受けるなよ……えーっと、ほら。元気出せ。な?」
「あ……うん。ありがと……えへへ、撫でられた……」
二〇一●一一二六
クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ。
マジありえん。ほんっっっっとありえん。
はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
「急に荒ぶった!?」
「お兄ちゃんまおちゃんに何したの!」
「俺が全部悪いみたいな風潮やめない!?」
この時期はなんもなかったはずだから。たぶん。きっと。
……いや冒頭から失敬。
我はイスティ。魔王である。
すこし、というかかなり、不愉快なことがあってな。
理解に苦しむ話だ。
このあいだまたアニメの一挙生放送があってな?
それがまあ、我が気に入っているタイトルの続編だったのだ。
セカンドシーズンというやつだ。
ああ見たとも。かぶりつく勢いで。始まる前に用を足して、ナツキにポテチとコーラも用意させ……いやしてもらって。
おもしろかったぞもちろん。
期待にたがわぬ出来であった。
作画も音楽も演出も、声優の芝居もなにからなにまで。
ありがたい話である。
ありがたすぎて我、終始手を合わせて拝んでいたくらいだ。
……だというのに!
なんなのだあいつら!?
原作厨とかいう連中のことだ!!
あいつらマージ害悪!
新キャラの声優がどうのこうのとあげつらった挙げ句、アンケート結果まで悪くしおって!
ずっと昔に出ていたらしいドラマCDとキャスト変わってるーだの、声がイメージとちがうーだの。
やかましいわ!
我の知らない話をするな!
アニメはアニメ! ドラマCDはドラマCDだ!
……と、いう旨のことを呟いたのだ。
トゥイッターで。
そしたらな?
めっちゃ叩かれた。
いやもうびっくりするくらい。
遺憾なことに、どうやら我の意見は少数派だったらしい。
『うっそだろおまえww』『にわかさんちーっす』みたいなかんじで方々からプギャられてしまった。
すごい勢いでフォロワー減るし、まったく知らん垢から怒涛のようにクソリプ飛んでくるしでこれもうわかんねえなあってかんじで。
反論すればするほどに晒されて収拾つかなくなるし。
鍵かけてもスクショ晒されてどうにもならんし。
さいわい身バレは避けられたが、最終的に、垢消して逃亡せざるをえなくなってしまった……大炎上だ……
おのれ掃き溜めの住民ども。
屈辱の極みである。
そんなこんなでえらいめにあったのだが。
同時に、不思議なことも起きた。
どうしてか――我に魔王としての力が戻ったのだ。
ほんのわずか、ひとすくいくらいだが……たしかに奥底から邪輝が湧き上がってくるのを感じた。
原作厨どもへの怒りがもたらしたのか、はたまた晒されたことへの憤りが取り戻すきっかけになったのか。
残念ながら理屈は不明だ。
だが、もしこれを解明できたなら、クサカユウマを倒せるのもそう遠い日のことではなくなるだろう。
……忘れてなかったぞ?
ほんとうだ。信じろ。
どうあれせっかく掴んだきっかけだ。
生かさぬ手はない。
これから時間をかけて、力の取り戻し方を理解していこうと思う。
……それはそれとして、この屈辱はどう消化すればいい……?
「どうでもいいけどファンタジー的な部分のぞくと、こいつただの鬱屈したアニオタでしかないな」
「言っちゃだめだよお兄ちゃん……」
「だってなあ」
アニメの話の割合どんどん増えてるし。
魔王という肩書きがかろうじてファンタジーを繋ぎ止めているというか。
「で、次で最後か」
「十二月十二日……なんでここで止まってるんだろう……?」
ふたりで首をかしげながら、もはやなんのためらいもなく最後のメモ帳を開いた。
二〇一●一二一二
我ネットアイドルになろうと思う。
おっと失礼。前後したな。
イスティだ。魔王だ。
あれからいろいろあって、力の取り戻し方が判明した。
単刀直入にいこう。
必要なのは、ずばり『関心』だ。
他人から向けられる興味、憧憬、敵意、嘲笑――おそらく種類はなんでもいい。
つまりは心……というとなにやらこっぱずかしいが。
ともあれ、どうやら我は、他者のそれをもって、おのれの力の源たる邪輝としているようだ。
……思えばかつてハルギスでは、我をおそれる者らの視線や悲鳴に、甘美な快感をおぼえたものだ。
あれはともすれば、おのれの邪輝の高まりを感じていたがゆえの感覚でもあったか。
復活した先でようやくそんなことを理解するとは。
どうして改めてそのへんわかったかって?
むろんためしたからだ。
ゆえあって詳細ははぶくが、キーワードは『コテハン』『無心の荒らし』『Re:原作厨大勝利我大敗北』『まとめサイト』『壮絶な晒し』『一周回って同情の嵐』といったところか。
おねがい察して。
最初に戻ろう。
して、それらを集める手段として、我はネットアイドルになろうと思う。
なぜってほら、引きこもったままできるし。
外とかなるべく出たくないし。
なによりほら。我美少女だしな?
歌とか踊りもそれなりに自信ある……気がするしな?
いけると思うのだ。
ちやほやしてもらえると思うのだ。
思わない?
あとはそう。
顔などを直接的に出した場合、集まる邪輝の多寡は変わるのか……ということも検証してみたいしな?
昔は我、顔晒してぶいぶい言わせてたからな。
関係あるかもしれんし。
そんなわけで。
日記はこれが最後になる。
これから忙しくなるからな。
次にこの記録をつけるときがくるとすれば、それはネットアイドルとして成功し、取り戻した力でクサカユウマを倒したときにほかならない。
そういった覚悟もこめて、しばらく筆を置こうと決めたのだ。
……べつに飽きたわけではないぞ?
ちょうどよさげな理由を見つけたからとかそんなアレではない。
ほんとうだからな。
まあ、それではこのへんで。
我の健闘と成功を祈り、締めくくるとしよう。
……あ。そういえば今日知ったのだが。
クサカユウマ、あいつ、妹なんていたんじゃな……ちっとも似てないが……
「……飽きたんだな」
「……飽きたみたいだね」
わかってみればしょうもない。
というか最後、大きなお世話だ。
「でも、そっか。ちょっと思い出した」
「ん?」
「この最後の日付、まおちゃんと初めて会った日だ。たしか台所でばったり会っちゃって……そうそう、思い出した。わたしあのとき、すこし固まって、すぐにぴゅーって逃げ出して……なんだか不思議。ずっと前のことみたい」
懐かしいなあと。
まぶたを閉じて、嬉しそうに雪凪は言う。しまいこんだ記憶のアルバムをひもとき、ワンシーンずつ大切にかみしめるように。
「…………」
この日を境に交流が始まったということか。
同じ立場……引きこもり同士のおっかなびっくりなやりとり。勇真は想像でしか立ち入れない過去の領域。
……兄として、すこし嫉妬してしまう。
(まあ、感謝もしてるけどさ)
そういうものがあったから――あの傍迷惑な魔王がいたからこそ、勇真はこうして雪凪と関係を修復できたわけで。
ほんと、何がどう転がるかわからないものだ。
「……さて。見終わったことだし、ちゃんと掃除するか」
雪凪はそうだねといって日記のフォルダを閉じ、パソコンの電源を落とした。
で。ちょうどその五分後くらいに、自力で脱出してきたイスティに散々っぱら文句を言われ、「じゃあおまえも働け」と結局三人で掃除をすることになった。
ちなみに日記をのぞいたことは、兄妹だけの秘密である。