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◇◇◇
平民街の自宅へと戻ってきたユミリアは、薄汚れたエプロン姿で、ぼんやりと椅子(いす)に腰掛けていた。
時刻は、夕方。窓から夕日が射し込み、室内をあかね色に染めている。
夕日に照らされたユミリアの横顔には、憂いが浮かんでいた。彼女は暗い表情で、何かを考え込んでいる。
「ただいま」
不意に玄関が開けられると、アレスが帰ってくる。
それに気づいたユミリアは、慌てて視線を彼へ向けた。
「おかえりなさい。学校は、どうだった?」
「ん……いつもと同じだよ」
アレスが笑いながら答える。
しかし、彼女は見逃さない。
ユミリアの問い掛けに、アレスは一瞬、憂鬱な表情を見せていた。だが、彼はそれを悟られまいと、笑顔を作っている。
「アーくん……」
アレスは、ただの捨て子ではない。
彼は、破滅の力を呼び起こす、『忌(い)み子』と呼ばれる存在。それがゆえに、彼は国中の人間から忌み嫌われ、本当の親ですら見放してしまった。
だが、ユミリアは違う。
「アーくん、おいで」
「え?」
ユミリアがアレスに近づいていくと、腕を伸ばし、背中に手を回す。
困惑するアレスを、彼女はきつく抱き締めた。
「大丈夫よ。アーくんは、わたしが護(まも)ってあげるから」
貴族でありながら、平民街で暮らしていること。
少女でありながら、戦場で戦っていること。
すべての行動は、忌み子である、アレスを護るため。そして、本人にも伝えていない、彼の出生に関する秘密から、護るため。
そのために、彼女はすべてを捧げている。
「ユミ姉(ねえ)……」
思い詰めたようなユミリアの声に、アレスが戸惑いの表情を浮かべる。
しかし、次に苦笑すると、彼はユミリアの体を離した。
「心配しないでいいよ。自分のことは、自分で何とかするから」
アレスは、安心させるように笑いかける。
「アーくん……」
「それより、ユミ姉こそ、何かあった? 疲れてるみたいだけど」
アレスが案じる言葉を、彼女へ掛ける。
その優しい言葉に、ユミリアはわずかに瞳を揺らがせた。しかし、すぐに微笑を返す。
「そうね。遠出して、少し疲れてるのかも」
「晩ごはん、俺が作ろうか?」
「アーくんは料理苦手でしょ。でも、手伝ってもらおうかしら」
「うん」
二人は仲良くキッチンへ向かう。そして、姉弟並んで、料理を始めた。
この小さな家で過ごす、ささやかな生活。
それが、いつまでも続くことを、彼女は願っている。
たとえ、大切な弟に多くの嘘をつき、騙していたとしても。
終