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少女が一人、荒野にたたずんでいる。
囁(ささや)く少女の視界には、無数の戦車が、砂塵を上げて迫ってきている。
「先史文明の遺物……」
少女が生きるこの《大世界島(だいせかいとう)》は、九一一年前に発生した世界規模の地殻変動により、当時存在していた大陸が衝突し、一つとなって誕生した。地殻変動によって人類の九割以上が死亡し、かつての文明も失われてしまっている。
しかし、少女へと迫ってきているのは、その失われたはずの遺物だった。
戦車。
ボディ全体が鋼鉄で覆われ、履帯(りたい)と呼ばれるベルトのようなものを回転させて走行する兵器。ボディから長く伸びた砲塔は、ひとたび火を噴けば、人間など簡単に吹き飛ばす威力を持っている。
だが、無数の戦車を前にしても、少女は微塵も恐怖を見せていない。
戦車の軍団を前に、少女は落ち着いて唇を動かした。
「来たれ、白天騎槍(はくてんきそう)」
その言葉に導かれるように、胸元で揺れるペンダントが光を放つ。
そして、光が少女の手に集まると、一本の荘厳な槍が出現した。光を物質に変換するという超常の現象を起こした少女は、相変わらず静かな表情をしている。
「…………」
ここは戦場。
たった一人の少女と、無数の戦車が対峙(たいじ)する、戦争の場。
「始めましょうか」
少女が足を踏み出す。
すると、それに応(こた)えるように、戦車も砲塔を彼女へと向けた。
「行くわよ!」
少女の名は、ユミリア・フォン・ノイブルク。
槍を構えたユミリアは、轟音(ごうおん)と爆発に彩られる戦場を駆け抜けていった。
◇◇◇
「アーくん、朝ごはんできたわよ~」
エプロン姿のユミリアが、キッチンで声を張り上げる。彼女は薄汚れた粗末な服装で、炎が揺れるレンガ製のかまどを使って料理をしていた。
彼女が住んでいるのは、大世界島の北東部に位置するアイゼンバルド王国の王都だ。自宅があるのは、王都の中でも平民街と呼ばれる庶民が集まる一角で、彼女の家はこぢんまりとしていた。今、キッチンから張り上げた声も、家中に響き渡っている。
しかし、その声に、答える者は居なかった。
「もう、寝起き悪いんだから」
ユミリアはため息をつき、キッチンから離れる。そして、リビングの先にあるドアへ行くと、ノックもせずに開けた。
「アーくん?」
ひょいっと部屋を覗き込むと、ベッドで眠っている一人の少年が目に入る。
黒い髪の少年。それは、アレス・ファーマルという名の、ユミリアの義理の弟だ。
一八歳のユミリアと二歳違いのアレスは、生まれた直後に親に捨てられ、彼女の父親に拾われた。だから、ユミリアとアレスに、血の繋がりは無い。しかし、一六年近く同じ時間を過ごしてきていて、今は本当の弟のように彼を愛していた。
「……大きくなったわね」
アレスの寝顔を見ながら、ユミリアが囁く。
彼女はベッドへ近づき、そっとアレスに手を伸ばした。そして、彼のほおを撫でるように、手を動かす。
「アーくん…………うぅ、がまんできないわ!」
ユミリアは急に叫ぶと、バッと寝ているアレスに覆い被さった。彼女は子犬を愛(め)でるように彼の顔を抱き締め、よしよしとあやし始める。
その行動に、寝ていたアレスも、さすがに目を覚ました。
「ユっ、ユミ姉(ねえ)、何してるの!?」
「アーくんは可愛いわね。お姉ちゃんが、なでなでしてあげるわ」
「いらないよ!」
アレスは泡を食いながら、ユミリアを押し返す。
すると、ユミリアは不満げな顔で、アレスから離れた。
「もう、恥ずかしがらなくてもいいのに」
「変な起こし方しないでよ……」
「声かけても起きないんだもん。ほら、朝ごはんできてるわよ」
「うん」
アレスが起き上がるのを確認し、ユミリアは部屋を出て行く。
そして、しばらくすると、通っている学校の制服に着替えたアレスも、リビングに姿を見せた。
アレスはテーブルに着き、ユミリアが用意した朝食を口に運んでいく。
「ユミ姉、いつ帰ってきたの? 父さんのお使いで遠出するから、明日まで戻らないって聞いてたけど」
「予定より早く用事が終わったのよ。家に着いたのは、明け方だったわ」
「詳しく聞いてなかったけど、お使いって何だったの?」
「んー……たいした用事じゃないわ。それより早く食べないと、学校に遅刻するわよ」
ユミリアがアレスを急がせる。
アレスも時計を確認して焦ると、口に詰め込むように食事を終えた。そして、一本の剣を手に取り、家の玄関へと向かう。
「行ってきます」
「はい。気をつけてね」
ユミリアが笑顔でアレスを見送る。
しかし、すぐに彼女の表情が曇る。ユミリアは、家からアレスの姿が消えると、苦々しい表情で眉間にしわを寄せていた。
「アーくんは勘が鋭いから、ごまかすのも大変ね」
平民街の小さな家で、義理の弟の世話を焼く、良き姉。
戦場で槍を手にし、戦車の軍団にたった一人で挑む、少女。
それは、まぎれもなく、同一人物だった。
しかし、そのことは、アレスには知られてはならない。
ユミリアは『ファーマル』という偽のファミリーネームを使って生活しており、アレスは彼女を一介の平民としか思っていない。彼を騙していることは重々承知しているが、今の生活を守るには、他に方法がなかった。
「はあ……。わたしも支度するかな。面倒だから、行きたくないけど」
ため息をつき、ユミリアはエプロンを外す。
そして、彼女は外出の準備を始めた。