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むらさきゆきや(作家) 講評
2019年応募作について。
全体的にレベルが上がっていると感じました。
今はネットで簡単にディープな創作論を知ることができます。著作を読者に見てもらう場もあります。
そのせいか、変わったネタで書く人は減ったという印象もあります。
どの作品にも共通した部分ですが、細部はもっと掘り下げられる印象を受けました。
あと、「商業作」であることは、もっと意識されてもいいと思います。
端的に言えば《タイトル》は、どれも不満でした。
どう面白いのか、わからないです。誰が何を目的に買うのか?
売れなかったら作家を続けられないし、刊行してくれた出版社も困る――という現実を理解してほしいです。
好きなものを書くだけなら、発表の場は多い時代です。商業作家になるなら、数字にこだわってもらいたい。そのほうが読者にとっても、より楽しい作品になると思います。
その他、私が気になったところは、担当編集者とも共有できたので、受賞者の方々はよく相談して修正してもらえればと思います。
それぞれの作品が、より洗練されて刊行されるのを楽しみにしております。
『フルムーンサルト』
文章力については、今後も緊張感を持って書いていただければと思います。
今は情報の取捨選択や順番を意識し、言葉選びに気をつけて書く段階かなと。
作品を面白くしよう。アイディアを入れよう。読者を楽しませよう――そういう志を感じました。とても良いです。
ストーリーについて。
とくに後半部分は、選評のことを忘れて夢中で読んでしまうくらい面白かったです。
正直、気になる点はありました。
前後で辻褄が合わない。キャラクターの判断が釈然としない。物語にとって都合のいい偶然が重なりすぎる――といったものです。
これは程度の話で、許容できる読者もいれば納得できない読者もいます。完全に必然だけのストーリーなんて、意外性がなくて退屈だと思います。
よく誤解されることですが……欠点がないのが良い作品ではないのです。
面白さが欠点を上回れば、良い作品だと言えます。そして、何が欠点で何が面白いかは、読者ごとに違うのです。
(私としては、なるべく大多数の読者の価値観に合わせて選評しているつもりです)
この作品は荒削りな部分があり、そういう意味で完成度は低いのですが……
後から欠点を削ることは可能ですが、面白さを足すことは難しいので、私は本作を高く評価しています。
キャラクターについて。
とても魅力的だと思いました。ただし、もう少しヒロインたちにバリエーションがあってもいいかな、と思います。
主人公についても、割と中庸なのですが、作品の性質を考えると、もっと特徴があってもいいかと。
本作は今回受賞となった3作品のなかで、一番「指摘した点」が多かったです。
それでも一番良い作品だと思ったのは、3作品のなかで一番「面白かった点」が多かったからです。
私は「矛盾も欠点も嫌ならば技術書を読めばいい」と思っている人なので、いわゆる加点方式で、本作を高く評価しました。
本作が刊行されたとき、より幅広い読者が納得できる仕上がりになっていることを期待しています。
同時に、多くの読者が本作の「面白かった点」を楽しんでくれることを願っています。
『俺がピエロでなにが悪い!』
文章力は高いです。
読みやすいし、わかりやすいし、読んでいて苦にならない文章でした。
主要キャラクターはおおむね善良で嫌味がなく、好感が持てました。
ストーリーはシンプルで、いろいろなことが起こりつつも、主軸は安定しています。
作品としては破綻が少なく、良作だと思います。
ライトな青春モノを読みたい読者にオススメしたいです。
刊行までに直してほしい点として――
キャラクターは、主人公に比べてヒロインの印象が薄く感じました。主人公が強すぎるとも言えますが……もっと全てのキャラクターに作品ならではの特徴が欲しいところです。
あと、構成には問題がありました。
私にとっての《構成》を説明しておくと――
物語世界のなかでは、日々いろいろなことが起きているわけで、この起きている全てを《ストーリー》と言っています。
ストーリーから「どの出来事を、どの順番で見せるか」が《構成》だと思っています。
(出来事をどう見せるかは《演出》だと思っています)
(構成や演出も含めて、ストーリーと称する場合もありますが、ここでは措いておきます)
本作は、いくつかの出来事(シーン)について、なぜ入れたのかが最後まで読んでもわからないものがありました。
それがクライマックスのカタルシスを弱めた感はあります。
1つでも2つでもいいんですが、ストーリーの主軸を見定めて、不要なシーンは削り、必要なシーンを足すことで、よりよくなるかと思います。
『油断出来ない彼女』
文章力は悪くなかったです。
書き慣れている印象を受けました。反面、書きすぎてテンポが落ちている部分があり、とくに序盤が遅く感じました。
あと、ちょっと誤字が気になりました。刊行するときには校正が入るので問題ないのですが……印象はよくないですね。
(私も人様のことは言えないくらい誤字が多いですが……)
ストーリーや構成に破綻はなく、よくまとまっていると思います。
外連味は薄いですが、リアリティがありました。生々しいとも言えます。
それだけに、逆に普通のラノベでは気にならない程度の「物語にとって都合のいい偶然」が、妙に気になりました。このへんはバランスの問題ですが……ディテールに精度の要求される題材に挑んだ以上は、クリアしてもらいたいです。
キャラクターとしては、ヒロインはかわいい。唯一無二とは言わないですが、メインヒロインとしては目新しいと思います。
ただし、物語が彼女を中心に動くだけに、もっと面白い出来事を入れてもらいたいです。パンチ不足かと。
主人公は特徴があるような、ないような……
薄味のような、激辛のような……?
個人的には、ストーリー展開が、ちょっと挑戦的に過ぎるかな、と感じました。
久々に本気で「主人公、ばくはつしないかな」って思うようなラブコメでしたね。
私の気になった点がどう修正されるのか(されないのか?)
個人的には、どういう形で刊行されるのか一番気になる(著者の選択が気になる)作品です。
おおいに感情を引っかかれる作品という点で、間違いなく受賞に値する作品であると思います。 -
猪熊泰則(講談社ラノベ文庫編集長) 講評
第9回講談社ラノベ文庫新人賞にみなさまの力作を多数お送りいただきまして、誠にありがとうございます。
講談社ラノベ文庫創刊、および第1回ラノベ文庫新人賞発表から、すでに8年が経過いたしました。この間にライトノベルの世界も大きく変容し、現在もさらなる変容の渦中にあろうかと考えております。以前と比べて、著名な小説投稿サイトはじめ作品をそのまま数多くの読者のみなさんに直接見ていただける場所も増え、一方ではライトノベルを含む小説の新人賞はどうあるべきなのかという点について、常に試行錯誤しなければならない時代に入っているのだという実感を抱き続けております。
この時代の流れを感じつつ、我々ライトノベルを世に送り出す現場の者として何が一番必要であるのか、新人賞の一番の意義とは?という繰り返し湧き上がる疑問点についてでありますが、突き詰めるとやはり「次はこの人が面白いのではないだろうか」という想いを込めて、成功失敗にかかわらずリスクを負い、世に問うていく、結局はそれ以外にないのではないだろうか……個人的にではありますが、近頃ますますその想いを強くしております。
その点からみて、今回の受賞三作品はそれぞれに個性にあふれ、まだ完璧とは申しませんが、今後の飛躍を作品的にも、作者的にも期待できるものであると考えております。具体的な点につきましては、むらさきゆきや先生にいただきました選評がとても素晴らしく、応募者以外の方にもぜひ今後の作品作りのご参考としていただきたく思いましたので、ご一読ください。
講談社ラノベ文庫は、これから創刊9年、そして10年の節目を迎えて参りますが、当初からの目標である「ライトノベルの王道」を今以上に追求していきたいと考えております。そして今回受賞されたみなさまはじめ応募されたみなさま、常日頃ラノベ文庫をご支持くださるみなさま、ライトノベルという世界を愛してやまないみなさまとともに、今後ともラグビー日本代表のように全身全霊でエンタメ世界を前進していく所存でございます。
今後とも、講談社ラノベ文庫、そして講談社ラノベ文庫新人賞を、ぜひよろしくお願い申し上げます。
2019年11月20日 講談社ラノベ文庫編集部