第8回 講談社ラノベ文庫新人賞

講 評

  • 榊一郎(ライトノベル作家) 講評

    2018年応募作については、全体としては標準的というか、驚く様な傑作も駄作も奇作、怪作も無かった様に思う。
     話の構成や、キャラクター造形にそうそう破綻は感じられず、とりあえず物語、という意味においてはいずれもが過不足無い仕上がりだった。
     ただ細部においてはバランスの悪い部分が目立った様に思う。
     オリジナルの世界観でやるのは勿論いい訳だけれど、細部の作り込みが甘かったり、キャラクター設定を著者が忘れているかの様な描写があったり。
     世界観の作り込みは要らない、とする風潮も昨今にはあるのでこれがすぐに欠点とは言えないが、読み手が想像力を駆使して場面を思い描く小説であるからこそ、その想像力に『待った』を掛けてしまう様な細部の甘さ、具体的に言えば物語に没入している最中、唐突に『え? なんで?』と首を傾げてしまう様な部分は、出来るだけ無くして欲しいとも思う。
     毎度の如く辛口で申し訳ないが、私がラノベ文庫の選考委員をするのも今年が最後なのでとりあえず許してください(苦笑)。
     以下、個別に。

    バグつき人形 ~イチコとナナコ~』は、『百合もの』? でいいんだろうか。 
     文章は普通、標準的。読みやすい。
     物語の構成上、主人公の一人称の文章が、次第に男のものから女のものに変わっていく様をきちんと描いているので、手は割と込んでいる感じで好印象。
     魔法が電気の代わりにある世界観なので、その辺にもこだわった文章も好印象。
     全体的にシンプルな内容であり構造で、世界観設定もコンセプトにしたがって徹底的に単純化されている。各キャラクターも目新しさこそないものの、概ね、分かり易く、感情移入もし易い。
     目的に向かって設定を『盛る』のではなく『そぎ落とす』形で成功した作品とも言える。結果、前半は少々退屈な部分もあるが、後半になればなる程に強く引き込まれる。
     私以外の選考委員も口を揃えて『これが一番面白かった』と言うので、間違いなく完成度は高いだろう。

    いつかこの砂の海で』は、いわゆる正統派異世界ファンタジー。
     文章は少し癖がある。戦闘シーン等は、テンポや叙情性を重視する余りに、頻繁に主語をすっ飛ばしたりして、読みにくくなっている。何度か手を止めて読み返さねば誰が何をやっているのか理解しがたい部分があった。作者の気持ちが暴走して書き飛ばしている様な感じ。ただし、それだけに味のある、小説の文章にはなっている。
     世界観は独特で、個人的にはこういう種類の作品は大好物なのだが、文章表現や細部の作り込みがそれに追い付いていない印象もある。文明レベル、気候風土、生物の生態、その他、読んでいて首を傾げる様な部分が多々あった。折角のネタを生かし切れていない感じ。勿体ない。
     キャラクターは全員がオーソドックスで、あまり奇をてらっていない。好感は持てるが、良くも悪くもライトノベルというジャンルでは地味な位。
     その割には、話の流れに絡んで出てくる登場人物が多いので、一人ずつの印象が薄い。主人公とヒロイン以外はあまりドラマが無いので、余計に印象が薄い。
     恐らく作者が描きたかったのは全体的な『砂海に生きる人々』のイメージであって、細かな世界観設定ではないだろうから、その部分を刊行に際して担当編者と調整した方がより多くの読者を獲得できるのではないかと思う。

    異世界で生き抜くためのブラッドスキル』は、いわゆる異世界転生もの……なのだろうけれど。
     まず文章に難あり。
     一人称の文章に三人称視点が頻繁に混じる。ひょっとして最初に三人称で書いていて、一人称に直したのだろうか?(三人称から一人称への直し忘れ?)選考会に同席した編集者によると、Web系の小説投稿サイトでは別に珍しくない書き方らしいが、正直、読んでいて辛いというか、何度も手を止めさせられた。
     基本の文章そのもの(表現力等)は別に水準は低くない、むしろ高い方だと思うのだが、上記の点で非常に引っかかる。
     内容に関しては…………まあ、その、アニメ化までした某社の某作品と酷似している。
     雰囲気、キャラクター配置、その他諸々。十人が見れば十人がその類似性を指摘できるレベルで。
     物語の構成やキャラクター配置に破綻は見当たらないが、非常に狭い世界観の中で描かれているので、尚更、某作品との類似性がやたら気になる。
     キャラクターが基本的に全員吸血鬼、という部分が某作品との差別化ポイントであり、この作品の最大の特徴と言えば特徴なのだが、吸血鬼としての特徴が『スキル』だの何だのに終始していて、吸血鬼であるという必然性があまり感じられない。
     一応、血がどうの、という設定がある様だが、あまり物語を描く上で役立っている様には見えない。
     ヒロインは盲目という設定の様だが、これも作者自身が忘れているかの様な描写が何ヵ所か在った。
     基本的にこういう泥臭い話は大好きなので、好意的に評価したいのだが……類似性云々を解決しようとすると、もう新しい作品をゼロから書いた方が手っ取り早いという事になりかねず、悩ましい。

    最終戦争をはじめましょう』は、一言でいえば『遅れてきたセカイ系』か。
     文章は標準的で読みやすい。
     一人称で書かれているので、情景描写も少なめなのだが、だからこそ『終末を目前に控えて荒廃した世界』を描く上では、その世界の風景が全く見えてこなくて、少々薄っぺらい印象を受ける。
     国家や公的機関が全く機能していない、ライフラインも途切れている様なのだが、その一方で一般人が普通に生活している様な描写があったりで、とりあえず絵面として(アイコンとして)『たくさんの廃墟がある』だけの終末世界、という印象。
     また世界の命運は極めて個人的なやりとり(それも個人的な人間の好き嫌いで)のレベルで左右されているので、やはり広がりが感じられない。とても箱庭的な印象を受けた。
     逆に言えば、セカイ系として『そういう面倒臭いのはどうでもいいんだよ!』という勢いで書き切られた小説として見ると、清々しいというか潔い。書きたいものを書きたい部分だけで書く、という考え方が、傑作を生む場合もままあるからだ。
     ダブルヒロイン状態なのだが、片方の扱いが最後、あまりにもぞんざいなので、改稿の際には何か救済処置をとってあげてください。>著者さん

  • 藤島康介(漫画家) 講評

    今回で選考委員は最後になりますが、最後にとても好きな作品に出会えてよかったと思います。
    何が書きたいかはっきりしている作品は、読む者の心を動かすものです。
    今後応募される方には、思いついた世界で何を読者に伝えるのかよく考えて物語を作ることと、
    できたものを客観視して読み返すことをおすすめします。
    「伝えるべきは人の心」
    今まで、まだ世に出ていない作品をたくさん読めたのは幸せでした。
    今後もたくさんの作品がここに集まることを楽しみにしています。
    ありがとうございました。

  • ツカサ(作家) 講評

    バグつき人形 ~イチコとナナコ~
     すごく面白くて最後まで一気に読んでしまいました。文章力や台詞回しのセンスなど、基本的なレベルが高かった作品です。主人公の置かれた状況はなかなかハードなのですが、読み手が不快に感じる部分は上手くボカしてあるので、過剰なストレスを感じることはなかったです。魅力的なヒロインとの交流にしっかりページを割いてくれているので、とても「楽しめる」作品になっていると思います。
     気になる部分がなかったわけではないのですが、面白かったからいいかと思えてしまう「力」がありました。ただ現在のタイトルだとホラーっぽい印象を受けてしまうので、もう少し作品の雰囲気をしっかり伝えられるものにした方がいい気がします。

    いつかこの砂の海で
     とてもよく纏まっていて、読みやすい作品でした。キャラクターや世界観、展開に無理がなく、違和感を覚えずに最後まで楽しめました。
     全体を通して明らかに「悪いところ」はなかったと思います。ただ設定やキャラクターの関係性にあまり目新しさを感じられず、全体的に地味な印象を受けます。
     読んだ人の心に何かを残すためには、より深くキャラクターを掘り下げていく必要があるでしょう。特にヒロインであるリーゼの描写はもっと積んでほしいです。そうすれば物語が今よりも「濃い」ものになると思います。

    異世界で生き抜くためのブラッドスキル
     異世界で生き抜く、という部分はリアルに描けていたと思います。常に緊迫感があり、物語を「読ませる」力がありました。ただ、キャラクターや展開がかなり既存の作品を連想させます。
     せっかく世界観に「吸血鬼」を絡めることで独自の色は出せているのですから、もう少し意図的に既存作品から離れる努力をした方がいいと思います。
     たとえば役職のネーミングを改めるだけでも印象は変わるのではないでしょうか。そうした小さな積み重ねでオリジナリティを出していけば、異世界サバイバル物として楽しめる作品になるはずです。

    最終戦争をはじめましょう
     よくある設定と展開ではありますが、その中心にいるキャラクターの関係性が「執事」と「お嬢様」なのは面白かったです。ただせっかくの主従関係があまり生かされていないのが残念でした。過去の部分をダイジェストで済ませているので、何故主人公がお嬢様に尽くすのか、お嬢様はどうして主人公に特別な感情を抱いているのか、その理由が分かりません。この物語を成立させるには、最低限そこを書かなければならないと思います。
     台詞や構成などは全体的に拙い印象ですが、プロローグには期待感がありました。それは執事とお嬢様の因縁と戦いの結末に興味を抱いたからです。そこにきちんと描写を割き、二人の最終戦争の行きつく場所を納得のいく形で見せてほしいです。

  • 猪熊泰則(講談社ラノベ文庫編集長) 講評

    第8回講談社ラノベ文庫新人賞に、たくさんの作品のご応募ありがとうございました。選考委員と編集部による最終選考会の結果は、前述のとおりであります。
     今回は久しぶりの大賞作を送り出すことができました。過去の記憶では、3名の選考委員の先生方が全員一致で大賞に推した作品はございません。今回の大賞作は作品としての読みやすさ、わかりやすさは当然として、キャラクターの心情に寄り添うような、いわゆる「泣き」の部分がうまく作られていた印象があります。
    涙や感動、と簡単に書いてしまうと、商業的なあざとさや、わざとらしさ、といった部分が強調されてしまうように感じられる方もいらっしゃるとは思います。しかし、昔も今もこれからも「泣き」や「感動」が求められなくなることはなく、むしろこれからますます乾いてしまいそうな社会情勢のなか、そっとこころを涙で覆ってしまえるような、温かな感動をもたらす作品に出会いたいと思っております──。願わくばそのような「感動」を、けっして表だって強調することがなくとも、作品の根底に、都会の地下深くに覆い隠された河の流れのように存在させている、そんな作品がこのライトノベルの世界にもっとあってもいいのでは、そんな気にさせられる選考会でありました。
     他の作品につきましても、それぞれ売りのポイントがはっきりしていたと感じました。まだ改稿すべき点は多く見受けられますが、それらにつきましては熟練の担当編集者とともに、さらなる完成度を突き詰めていただきたいと思います。
     さて、今回をもちまして、これまでの選考委員のみなさまがご退任されます。本当にありがとうございました。選考委員という立場を離れられましても、今後とも講談社ラノベ文庫への変わらぬ叱咤激励をよろしくお願いいたします。
     次回の募集はすでに始まっております。みなさまの史上最高傑作をこれまで以上にお待ち申し上げております。

2018年11月5日  講談社ラノベ文庫編集部

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