講談社ラノベ文庫

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Side:愛乃 著:朱月十話 イラスト:葉山えいし

「今日は大変やったなぁ……」

 宿題も終わったので、あとは日記をつけて寝るだけになりました。うちは一日を振り返って、机に頬杖をついてため息をつきます。

 って言っても、嫌なことがあったわけやあらへんし、むしろ良かったと思ってます。それは、新しい先生との顔合わせが無事に済んだからです。

 うちは観音寺愛乃と言います。元は関西に住んでたんやけど、中学三年の時に特殊能力が発現したので、神ヶ峰学園に転入してきました。

 能力者の学校は、もっとちっちゃい頃から入ってる生徒が多くて、うちみたいに高校から入ってくる子は少ないです。それで、専門的な訓練を何も受けてないので、うちは一番成績の低い子の集まるJクラスになりました。

 神ヶ峰学園では、生徒一人一人に『戦闘レベル』『救助レベル』というのがあって、うちはどっちも全然で、能力の制御試験も合格できてません。

 落ちこぼれのJクラスは肩身が狭くて、勉強するための施設とかも、上のクラスの子より制限されてます。それは仕方ないんですけど、なんとか成績を上げて、ちゃんと学園を卒業したいなあと思ってるんやけど、次の能力制御試験に落ちたら、うちは退学になってしまいます。

 そんなこんなで、うちと同じ寮に住んでる二人の子が全然能力を制御できないので、先生が交代することになりました。前の先生は優しくていい先生やったんやけど、うちらの指導でちょっと疲れてしまったみたいで、凄く申し訳ないと思ってます。

 それで、今日新しくやってきたのが五条優介先生でした。すごく優秀やから、学生と教師を兼ねてる『指導学生』なんやって。

 でも、うちらはあまり先生に期待しすぎないようにしてました。能力を制御できるようになって、立派な能力者になりたいですけど、もし先生の指導でも無理やったら、あまり先生が責任を感じるのは申し訳ないなと思ってたんです。

「……せやけど、すごい情熱やったなぁ」

 うちらのクラスには女子しかいなくて、Jクラスはほかのクラスとあまり交流もないので、男子と接するのは久しぶりで、ちょっと挙動不審になってたんやないかな、と今さら気になってきました。

 うちには男の子が苦手な理由がもう一個あります。それは、能力が勝手に発動したら、異性を引き付けてしまうっていう、よくない能力だからなんやけど……。

「……五条せんせ、よく我慢してくれはったなぁ。なんや、えらい光ってたけど」

 うちの能力が発動して、『魅惑の芳香』が出てしまっても、先生は耐えてくれました。そんな男の人、うちは初めてやった。だって、今までは能力がおさまるまで、逃げるしかあらへんかったから。

 でも五条せんせは、体の色々なとこを強くできる能力を持ってて、『理性』を強化することもできるんやって。それで、理性を司るおでこの部分が光ってたっていうんやけど、そんなでたらめな、って笑ってしまってん。

「……ちょっときりっとしてはったなぁ。あんな男の人もおるんや」

 いくら免疫がないからって、初対面でこんなこと思うのも変やと自分でも思います。

 せやけど、透湖ちゃんとフレデリシアちゃんの能力にも正面から向き合って、絶対制御できるって励ましてくれるせんせを見てると、なんや勝手に意識してしまって、うちは自分でも結構ちょろいんとちゃうかなと思ってしまいます。

 いくらなんでもうちが透湖ちゃんよりちょろいわけあらへんけど、なんやせんせがあんまり頼りがいがあるから、勘違いしてしまいそうです。

「せんせが、一つ屋根の下におるんやなぁ……今何してはるんやろか……」

 うちは眼鏡を外して、シュシュを取って髪に櫛を通し始めました。

 日頃は、廊下でほかのクラスの男子を見たりしても何も思わへんし、能力が発動したらあかんから距離を取るのに、せんせはそこまで警戒せんでええし、安心です。

 でもそんなせんせが、一つ間違ってうちの能力にかかってしもたら、どうなるんやろうと思うと……そんな不純なこと考えてたら嫌われてしまうと思うのに、妄想が広がって、止まらなくなってしまって……。

「……はっ。ま、また落書きしてしもた……こんなの見られたら終わりやんか」

 同じ寮の透湖ちゃんとフレデリシアちゃんにも、内緒にしてるうちの秘密。それは、落書きが趣味やっていうことです。

 元から漫画の絵を真似したりするのが趣味やったんやけど、気が付いたら妄想を絵にするくせがついてて、一人でノートを開くと手が勝手に動いてしまうんやけど……だいたいは人に見せられへん絵です。

 五条せんせがネクタイを締めてるところの絵がほぼほぼできあがってしまってて、うちは消しゴムをかけようとして、見られへんかったら別にええかなと思って踏みとどまりました。

「せんせ、スーツとか似合いそうやなぁ……メガネとかもかけてしまったりして。フチなしもええけど、黒縁もええなぁ……」

 もやもや考えてるうちに、ノートのページがどんどん絵で埋まっていって、うちは気が付いたらよだれを垂らしそうになってました。慌ててティッシュで口元を押さえつつ、ノートを埋め尽くした五条せんせ(美化されぎみ)を眺めて、盛大にため息をつきます。

「うち、何してるんやろ……先生で妄想するとか最低やんか。真面目に教えてくれようとしてはるのに、あかん、あかん!」

 自分を叱咤する気持ちで言うと、うちはノートをしまおうとしました。日記なんて、最近は「今日はいい天気やった」とか、「今日はこの本を読んだ」とか、あとは友達のことくらいしか書いてへんのや。

 ――せやけど、今日は書きたいこと、ちゃんとあるって思って。

 もう一回ノートを開いて、書き始めました。五条せんせが来たこと、うちらに何を言ってくれたのか――明日からの目標は、どうするのか。

「……もしかしたら、うまくいくかもしれへん」

 うちも退学したいわけやあらへんから、せんせのことを信じたい。

 こんな不純なことを考えてるって知られへんように、気をつけなあかん。うちは調子に乗ってしまうとすぐに口を滑らすから、発言には気をつけへんと。

「……こんなんで、うち不気味やと思われてへんかな」

 鏡を見ると、前髪でほとんど目が隠れてる自分が映ります。体形も目立たへんように、できるだけ地味に地味にっていう格好をしてます。

 女の子としては、魅力のかけらもあらへん。第一印象が大事やのに、こんなんやったら、前髪長すぎるんちゃうかとか、なんで六月なのに長袖やねんとか思われてへんやろかとか、いろいろ気になってきます。

 今は寝る前やから、ラフな格好ですごく楽なんやけど、これではせんせに出くわしたらめちゃ恥ずかしいやんか、と思ったりして――そのとき、ドアがコンコンってされて、うちは反射的にノートを引き出しに隠しました。

「はい、どちら様ですか?」
「俺、五条だけど」
「っ……せ、せんせ、ちょっと待ってな。まだ開けたらあかんよ!」

 うちはカーディガンを羽織って、鏡を見て身なりを確認したあと、ドアをちょっとだけ開けました。

 寝る前のせんせがそこに立ってて、勝手に緊張してしまうのが何ともならへん。うち、これでも前は演劇やってたのに、なんでこんなになってしまってるんやろか……。

「こんな遅くにごめん。これ、脱衣所で見つけたんだけど……観音寺さんの物かな?」
「あ……お、おおきに! これ、うちのヘアピンです」

 せんせが差し出したのは、うちのヘアピンでした。勉強するときとかに、前髪をあげるのに使うやつです。ずっと大事にしてるから、なくしたら大変やのに、落としたことに気づいてませんでした。

「ああ良かった、持ち主が見つかって。それじゃ、おやすみ」
「お、おやすみなさい……ほんまにありがとうございます」

 せんせが自分の部屋に戻っていきます。うちは受け取ったヘアピンを、なんとなくじっと見てました。

(……うち、めっちゃ挙動不審やんか。変な子やと思われてるんやろか。でもせんせなら、そういうことあんまり思わへんのかなぁ)

 うちの中で、勝手にせんせへの信頼が増していって、うなぎのぼりです。ヘアピン拾ってもらっただけでこれやなんて、きっかけがあったら押し倒してしまうんやないかなっていうくらいで、自分がこわいです。

「……変な人やと思われへんかったら、うちはそれでええんや」

 調子に乗りそうな自分に言い聞かせて、うちは明かりを消して布団に入りました。

(一日目でこんなになってるのに、これから大丈夫なんかなぁ……もし能力制御試験に通ったら、三年間同じ寮で暮らすことに……あ、あかん、変なこと考えたら。せんせは女の子になんて興味あらへんから……で、でも男の人に興味があるわけでもあらへんよね。そのへんはちょっと早めに確かめなあかんっていうか、最重要事項……すやぁ……)



 せんせにうちがこんなこと考えてるなんてこと、知られへんようにせなあかん。

 そう思ってたのは最初だけで、せんせにうちの本性というか、素顔がどんどん知られていくんやけど――その時はまだ、うちはそのことを予想もしてませんでした。

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