講談社ラノベ文庫

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Side:透湖 著:朱月十話 イラスト:葉山えいし

 私、水乃亜透湖(みのあとうこ)の特殊能力は、透明になってしまうことです。

 自分の意思に関係なく、驚いたときなどに勝手に透明になるので、一年生が早いうちに合格しないといけない能力制御試験に、まだ合格できていません。

 夏休みまでにもう一度試験があるので、そこで合格しないと退学になってしまいます。私はこの学園が好きで、同じ寮のお友達もできたので、なるべく退学したくないです。でも、全然能力が上手になる気配がなくて……。

「はぁ……」

 広い湯船の中央に浸かって、私は思わずため息をついてしまいました。いけないと思ってるので普段はしないけど、一人だと気が緩んでしまいます。

 私たちが住んでいる花住荘のお風呂は、三人くらいは一緒に入れる広さがあります。元々は一軒家だったものを改装したものだそうですが、お風呂は順番待ちを気にしなくて済むように広く作ったそうです。

「はふ……お風呂から上がったら、宿題しないと」

 今日は授業で少し疲れていたので、お夕飯の後で勉強しているときに、寝落ちしちゃっていました。

 フレデリシアさんと愛乃さんも一緒だったのに、寝ぼけてる私をベッドに連れていってくれて、寝かせてくれたみたいです。明日の朝になったらお礼を言わなきゃ。

 五条先生は、隣の部屋でお仕事をしてて、出てこないことがよくあります。男の子が寮に入ってくるなんて最初はびっくりしましたが、五条先生は真っすぐでいい人なので、そこまで警戒しなくてもいいのかな、と思うようになりました。

(……先生の能力で恥ずかしい思いをするのも、私が制御できてないから、しょうがないよね。でも、どうしたら能力が上手く使えるのかな)

 先生の能力は凄いですが、凄すぎて時々、恥ずかしい思いをすることがあります。

 私は透明になってしまうと、自分で元に戻ることができません。時間が経つと自然に戻ったりしますが、いつ戻れるかわからないので、とても困ります。

 五条先生の能力を使うと、私の透明化を元に戻すことができます。でも、なぜか私の服が消えてしまって……裸になってしまいます。

 『私』を見えるようにするのが先生の能力なので、『私が着てる服』は、私が見えるようになるには邪魔なので、消えちゃうそうです。改めて考えても良くわからないですけど、実際にそうなるので仕方ありません。

(先生に見られちゃった……よね。先生にぴったりくっついたら見えないって言われたけど、一瞬だけでも見えちゃったら……)

「はぁ~~!」

 たまらなくなって、水の中に潜りたくなって。でも湯船に髪を付けてはいけないので、代わりにお湯をばしゃばしゃ跳ね飛ばしました。

「……先生、もう寝ちゃったかな……」

 『見えてなかったですよね』と確認するために、夜中に先生の部屋を訪ねたりしたら、おかしな子と思われて見捨てられそうで、とても行動には起こせません。

 でも、これからも私が透明になるたびに、先生の力で見えるようにしてもらったら、服がどんどん無くなって、大変なことになってしまいます。

(服がなくなっても、水着があるから大丈夫……で、でもそれまで無くなったら、自宅学習になっちゃいそうな……早く能力を制御しないと……!)

「……あっ……!」

 考えているうちに、私は自分の手がすぅ、と透明になっていくことに気が付きました。また発動しちゃったみたいです。

 こうなると、自分の意思では元に戻せないし、鏡に映らないのでお風呂上がりが大変です。

 少し待ってたら戻るかもしれないですけど、このままだとのぼせそうなので、私はとりあえずお風呂から上がろうとして――立ち上がって、もう一回静かにちゃぽん、と座りました。

 カラカラ、とお風呂の扉が開いて――入ってきたのは、五条先生でした。

(ひぁぁぁぁっ……!)

 言葉にならない悲鳴を上げて、私は逃げ出したくなる気持ちを抑えて、先生から目をそらしました。

「ふぅ……」

 先生は何も気が付いてなくて、ついさっきまで私がいた洗い場の隣に座って、シャワーを浴び始めました。

(……男の人がお風呂に入ってる……先生、頭から洗うんだ……だ、だめっ、じっと見てたらのぞきになっちゃう……!)

 透明のままお風呂から出て、こっそり抜け出すことも考えましたが、水を出るときに音がしてしまうので、どうしても踏み切れません。

 私は先生がこっちに気づかないかどうか、何度か見て確認しました。決して、ちらちらと見ているわけじゃありません。

(あ……こ、こっちに来ちゃう……だめ、向こう側に入って……っ!)

「……ちょうどいい湯だな。誰かが追い炊きしといてくれたのか」

(は、はい……私です)

 神様にお願いが届いたのか、先生は浴槽の、私がいるところと逆側に入ってくれました。

 私は見ないようにしながら、とにかく動かずに、先生が気まぐれにこっちに来ないように、ひたすらドキドキしながら祈り続けます。

「……風呂で足が伸ばせるってのは、いいな」

 そういう独り言を、私もここのお風呂に最初に入ったときに言っていた気がします。思わず相槌を打ってしまいそうになりますが必死に我慢して――あっ、ま、前は見ちゃいけないので、とりあえず顔を隠します。漫画みたいに、指の隙間を作ったりはしてません。

「ああ、広いと解放感があるな……」

(せ、先生っ、何ですかその動きは……お風呂が広いからってそんなっ……!)

 一人で広いお風呂に入ってるとき、なんとなく位置を変えることってあると思います。その気持ちはわかりますが、今それをされると、私は思わず声を出してしまいそうなくらいのピンチです。

 先生は私に背中を向けて、お風呂の真ん中に座っています。これ以上後ろに来られると足が当たっちゃうので、私はお風呂の壁にぴったり背中をくっつけて、斜め座りをして足を横に逃がします。

(こ、これ以上後ろには来ちゃだめ……だめですってば……む、胸はひっこめられないんですぅぅっ……!)

 先生の筋肉質な背中が、目の前にまで迫ってきます。手で胸を覆ったら背中に当たってしまうので、かばうこともできません。

 透明だから自分で見ても分からないですが、お湯の中でふよふよ浮かんでいる私の胸が、もうちょっとで触れてしまいます。変なことを考えないようにしないと、ちょん、と一部分が触れてしまいそうなくらいです。

(だめぇっ、ほ、ほんとにそれ以上はむりっ……神さまっ……!)

「ふぅ……一人だからって、あまり好き勝手しちゃいけないよな」

 ざばぁっ、と先生が突然立ち上がります。私はぽかんとして、目を隠すのを忘れていて、遅れてぱっと隠しました。

「また今度ゆっくり浸かるとするか」

 先生はもともと、お風呂は長い方じゃないみたいです。私は入ろうと思えば三十分くらいゆっくり入りますが、もう頭に血がのぼってぼーっとしちゃってます。

(……見ちゃった……ど、どうしよう……)

 先生が脱衣所に出て行ったあとで、私の頭の中で、先生の裸(まともに見たのは後ろからだけです)がぐるぐる回ります。

 でも、私も裸を見られちゃったので、これでおあいこなんじゃないかとも思いました。そうです、私が黙っていたら、先生と気まずくならずに済みます。

 先生の背中が胸に当たりそうになったときに、生まれて初めて、どう言葉にしていいかわからない気持ちになりましたが、きっとそれは、のぼせかけてるからだと思います。

「……あ。も、戻った……良かったぁ……」

 本当にのぼせるという寸前で、自然に透明じゃなくなって、元に戻れました。先生が着替えて脱衣所から出ていったので、私は命からがらお風呂から出て、真っ赤っかになった身体をぬるめのシャワーで冷まします。

(……あ、そうだ。男の子が来たから、お風呂のときに入ってる人がわかるようにしようって言ってたんだ……準備してなかった私もいけなかったな)

 そうです、先生は私がお風呂に入ってると分かってたら、入ってこなかったはずです。
 これからは間違えて入ってきちゃうことが無いように、お風呂の入り口のドアにかける札を作ろうと思いました。


 その日の夜は、五条先生が隣の部屋に寝てると思うと全然寝付けませんでしたが、羊の数を延々と数えていたらそのうち眠くなりました。

 夢の中にまで五条先生が出てきましたが、どういう格好で登場したのかは、とてもみんなには言えない秘密です。

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