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黒翼の竜戦艦 電脳夢遊 著:椿博太 イラスト:桜井柚南

「カグヤ?」
 黒髪黒眼の少年、アレスが声を掛ける。
 だが、相手の少女は答えなかった。美しい黒髪をポニーテールにしている少女は、地面に腰を下ろし、木の幹に背を預けて、目をつぶっている。
「寝てるのか……?」
 射し込む木漏れ日が、黒髪に降り注ぎ、少女は気持ちよさそうに眠っているように見えた。
 しかし、カグヤという名の少女は、人間ではない。常識では考えられない長久の年月を生き、強大な力を持つ、人あらざるモノだ。
 彼女は、九一一年前に滅んだ先史文明時代に作られたと、自ら言った。アレスは最初、とても信じられなかったが、今では真実だと受け止めている。
 アイゼンバルド王国の国王暗殺を発端とした事件の中で、彼女は今の時代には存在していない力を使い、アレスを助けてくれた。彼女が振るった先史文明の力がなければ、アレスは命を落としていただろう。彼女は命の恩人であり、戦友だった。
「……どんな夢を見てるのかな」
 アレスはカグヤに、ふっと笑いかける。
 木漏れ日が注ぎ、ゆるやかな風がそよぐ中、カグヤはじっと目を閉じていた。

   ◇◇◇

 この世は地獄だと、誰かが言った。
 聞いていた人々は、皆が同意した。
 確かに、ここは地獄。
 もはや、人は生態系の頂点ではなく、捕食される側だった。

   ◇◇◇

 西暦二一〇三年。
 オランダ、首都アムステルダム。
 そこは、歴史あるレンガ造りの建物と、遊び心のある現代的でモダンな建物が融合した都市。
 しかし、今は、その面影も残っていなかった。
 一面に広がっているのは、瓦礫の山。かろうじて形が残っているビルや住宅も、壁に穴が空き、今にも崩れ落ちそうだった。
「ロストしたオブジェクトは、まだ発見できないのか?」
 荒廃した都市を、軍服とガスマスク姿の兵士が歩いている。
 彼らは六人で編成された分隊規模の集団で、それぞれがプラズマ銃を手にして廃墟の中を進んでいる。兵士たちは、銃を油断なく構え、周囲を警戒しながら、慎重に足を進めていた。
 すると、そこへ地響きが聞こえてくる。
「ジーザス……」
 前方にある崩れかけのビル陰から、巨大な生物が姿を現す。
 それは、異形(いぎょう)。
 体長は陸上最大生物であるアフリカゾウより遥かに大きく、一〇メートルを超えている。さらには、足は一二本もあった。蜘蛛のように広がった一二本の足が、地面を踏みしめ、重い足音を響かせている。
 巨大で異形な生物。
 本来なら、この世界には存在してはならない、怪物。
「《アストラル》の寄生体……!」
「クソッ!」
「おい、よせ!」
 持っていたプラズマ銃を、異形生物へ向けようとした兵士を、別の兵士が制止する。
「こんな銃で、ヤツらは倒せない! 気を引いて、的になるだけだ!」
「しかし……」
「忘れるな。オレたちは戦闘要員じゃない。ただの監視と運搬役だ」
 そう言うと、その兵士は背後へ視線を向ける。
 六人の兵士の後ろには、一人の少女が立っていた。
「アストラルは、私が対処します」
 少女が、無感情な声で話す。
 黒髪をポニーテールにし、白と赤の生地で作られた日本の民族衣装を着た少女。
 それは、カグヤ。
「Dエフェクト、展開」
 カグヤが手に虹色の剣を作り出す。
 続いて、彼女は地面を蹴ると、異形の怪物に向かって跳びかかった。彼女は素早く対象へ迫ると、怪物を飛び越えるほど高くジャンプし、その背中へ剣を突き刺す!
『GGGGGGGGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
 異形の怪物が、苦痛の咆哮を上げる。
 その音量は凄まじく、音波が大気を震わせて、まるで爆発が起きたように周囲の瓦礫を吹き飛ばした。地上に居た兵士たちも、立っていることができず地面に伏せ、どうにか咆哮を避けている。
 しかし、怪物の背中に立ったカグヤは、微動だにしない。
「Dエフェクト、出力拡大」
 カグヤは虹色の剣を巨大化させると、そのまま怪物を一刀両断した。真っ二つにされた怪物は、生命活動を停止し、地面に倒れていく。
「すげえ……。あれが、日本の戦闘人形(バトルドール)か」
「捜索対象の反応を確認」
 兵士の一人が感嘆の声を漏らすが、カグヤは相手にしない。彼女は明後日(あさって)の方向に視線を向けると、そちらに歩き出した。
「お、おい! 勝手に動くな!」
 兵士たちが慌ててカグヤを追いかける。
 カグヤと六人の兵士は、再び廃墟を進んでいった。
 そうして、しばらく行くと、カグヤは建物に入っていく。
 その建物は、レンガ造りのアパートだったようだが、他と同様、昔の面影は無い。壁や天井は崩れ、火事が起きたのか内装は黒くすすけていた。
「ここに例のオブジェクトが?」
「微弱ですが、活動シグナルが感知できます。あちらの奥です」
 カグヤが建物の奥へと進んでいく。
 すると、そこには立派なベッドが置かれていた。ボロボロの内装とは違い、ベッドは真新しく、綺麗な状態である。
 そして、そのベッドの上を見ると、一人の少女が目を閉じ、横になっていた。
「捜索対象を発見しました」
「おお……」
 カグヤの後ろをついてきた兵士も、少女を確認して声を出す。
「これが、ドイツの戦闘人形(バトルドール)、マルゴットか」
 兵士が言い、少女に近づいていく。そして、彼女の体を手で揺すった。
 しかし、少女は目を開けない。
 ベッドに横たわる銀髪の少女は、まぶたを閉じ、眠っているように動かなかった。

   ◇◇◇


「駄目だ、反応が無い」
 兵士の一人が首を振る。
 マルゴットを発見して一〇分ほど経ったのだが、彼女は目を開けなかった。兵士が体を乱暴に揺すって、無理やり起こそうとしても、彼女は何も反応を返さない。
「そっちは、どうだ?」
「何も表示されねえな」
 別の兵士は、手に持った五インチ程度のモニターを見ていた。モニターからはコードが伸び、マルゴットの体とつながっている。
 マルゴットは、ドイツ軍の軍服を着て、下はミニスカートという格好をしていた。軍服から覗いている手首や脚には、輪っかの形をした機器が取りつけられ、モニターのコードが接続されている。
「ドールに問題があれば、これに表示されるって聞いてたが……。何のエラーも出てこねえ」
「壊れてるんじゃないのか?」
「知らねえよ。オレは専門家じゃねえし……。チッ、だから科学者連中も連れてくりゃよかったんだよ」
「勘弁してくれ。あんな腰抜けどもの面倒見ながら、アストラルの巣になってるココまで潜入できるかよ」
 兵士たちはガスマスク越しに、粗野な言葉遣いで会話する。
「だいたいよ、どうして国連軍のオレたちが、ドールの回収をやらなきゃいけないんだ。直接の管理責任は、国連じゃなくて、それぞれの国にあるんじゃなかったか」
「ブリーフィングを聞いてなかったのか? ドイツの首脳部と連絡がつかないんだよ。国連側で監視してるこのドールの位置情報がロストして、すぐにコンタクトしようとしたんだが、まったく応答が無いらしい。ドールは対アストラルの切り札だ。失うわけにはいかないから、国連に回収の話が回ってきたんだよ」
「確かに、ドールの戦闘は初めて見たが、凄かったな」
 兵士が視線を巡らせ、壁際を見る。
 そこには、カグヤが無表情で立っていた。
「おい、このドールが動かない理由がわかるか?」
「活動シグナルが発信されていることから、完全な機能停止状態ではないと考えます。しかし、軀体に破壊の痕跡も認められないため、起動しない理由は不明です」
「役に立たねえな」
「私はメンテナンス用として作られていないので、マルゴットの状態は精査できません」
「チッ、人形が口答えするんじゃねえよ!」
 兵士が苛立った口調で、カグヤを怒鳴りつける。
「仲間内で、余計な言い争いはするな」
 すると、その様子を見ていた兵士の一人が、落ち着いた声でいさめた。
「しかし、隊長。こいつは人間じゃ……」
「今は分隊の一人だ」
 隊長の男はそう言うと、少し離れた場所で待機していた別の部下へ視線を向けた。
「おい、とりあえず、本隊へオブジェクト発見の報告をしてくれ。この場所は衛星と通信できないようだから、建物外で試してもらえるか」
「了解」
「屋外は危険です。私から離れないことを推奨します」
「ここだと通信できないのだから仕方ない。構わん、行け」
 言われた兵士は、隣に居たもう一人を連れ、二人でその場を離れていく。
 発言を否定されたカグヤは、屋外へと消えていく二人の兵士を、無言で見送っていた。
「起きないなら、仕方ない。本隊との合流地点まで、このドールを運んで行くしかないな」
「マジかよ、めんどくせえ……。そうだ、隊長。日本のドールに運ばせればいいんじゃないすか?」
「私の手がふさがるのは、戦闘に支障があります。推奨しません」
「チッ、うっせえ!」
 兵士がカグヤを怒鳴りつける。
 一方のカグヤは、特に反論せず、無表情で兵士を見返した。
「なんだ、文句があるなら言え」
 兵士が苛立った様子で、カグヤへ詰め寄っていく。
 すると、そこでギシッとベッドが音を立てた。
「――まったく、うるさいわね。せっかく良い気持ちで寝てたのに、台無しよ」
「おっ、お前!?」
 これまで無反応だったマルゴットが、突然しゃべり出し、兵士は驚きの声を上げる。
 ベッドを見ると、マルゴットが目を覚ましていた。彼女は体を起こし、不機嫌な顔で銀髪を指ですいている。
 次いで、ベッドから立ち上がった彼女は、にらみつけるような視線を兵士へ向けた。
「レディの寝室に押しかけるなんて、礼儀の無い連中ね」
「寝室だと?」
「そうよ。わざわざ艦(ふね)からベッドを持ち込んで、楽しい夢を見てたのに、アンタたちのせいですっかり目が覚めちゃったわ」
「夢? お前のような人造人間が、夢を見るのか?」
 兵士がいぶかしげな声で尋ねる。
 すると、マルゴットは馬鹿にするような笑みを返した。
「アンタのスカスカな脳みそより、アタシの電子頭脳のほうが、よっぽど優秀よ」
「何だと!?」
「よせ」
 激昂する兵士を、隊長の男が制止する。そして、隊長の男はマルゴットの前でガスマスクを取ると、無精髭を生やした金髪碧眼の顔を見せた。
「国連、対アストラル軍、エドワード・レイルズ中尉だ。この分隊の隊長をしている。状況を確認したい」
 エドワードがマルゴットに話しかける。
 すると、マルゴットは澄ました顔で肩をすくめた。
「ようやく、お猿さん以外が出てきたわね」
「現在から約二〇時間前、君の位置情報が国連の監視システムからロストした。何が起こったか知りたい」
「それは単に、アタシが追尾システムを切っただけよ」
「何?」
「だから、アタシのほうで情報を遮断したの。理解の遅い男ね」
「待て。そんな話は、どこからも聞いていない。すべてのドールは、国連の監視下で運用されることに……」
「それをやめたって言ってるのよ。何回、同じことを言わせるワケ?」
 マルゴットは、うんざりとした表情で答える。
「そもそも、寄せ集めの軍隊しか持たない国連に従って、何のメリットがあるの? アストラルを倒すのは、いつもアタシやカグヤ。ほら、アンタたちなんて居なくても問題ないじゃない」
「自分が何を言ってるか、わかってるのか? ドールが自己判断でそんなことをして、許されるとでも……」
「前言撤回。アンタも、お猿さんね」
 マルゴットは、あきれた様子で嘆息する。
「アタシが、いつ自分で判断したのよ。ちゃんと命令を受けてるわ」
「命令だと? いったい、どこから……」
「アタシの正式な所属は、ドイツ軍よ。命令を出すのは誰か、決まってるでしょ」
 マルゴットは笑みを浮かべると、次に視線をカグヤへ向けた。
「アンタなら、アタシの言ってる意味、わかるわよね?」
「マルゴットは、ドイツが国連を脱退すると言っています」
「なっ……」
 エドワードが絶句する。
 一方、カグヤとマルゴットは気にせず、二人だけで会話を続けた。
「日本も、そうしたら? いちいち国連に許可されないと動けないなんて、バカらしいでしょ」
「私は、そういった命令はされていません」
「あっそ。つまらない国ね」
「マルゴット、貴方の位置情報がロストした理由は把握しましたが、まだ疑問があります。なぜ、このような場所で倒れていたのですか」
「倒れてたんじゃなくて、待機してただけよ」
「何を待っていたのですか」
「もう、そっちばっかり聞くんじゃないわよ。今度は、アタシの質問に答えなさい。カグヤ、艦はどうしたの?」
「艦を使うと、アストラルに気づかれて大規模な戦闘になり、捜索活動に支障をきたすと判断されました。そのため、艦は成層圏で待機させ、地上部隊のみで作戦を実行しています」
「そう。なら、呼んでおきなさい。必要になるわ」
「必要である理由が不明です」
「いいから、アタシの言うことを聞きなさい。あと、客が来たみたいよ」
 マルゴットが視線を動かす。
 そこには、二人の兵士が立っていた。
「さっき、通信するために外に出てった連中ね」
「会話を聞いていたのですか」
「こんな敵地のど真ん中で、感知機能を切るわけないでしょ」
 マルゴットは肩をすくめ、エドワードへ視線を送った。
「撃ちなさい」
「何だと?」
「さっさと撃ちなさいって言ってるのよ。あれは、敵よ」
「何を言ってる……。あれは、オレの部下だ」
「部下だった、よ」
 マルゴットがそう言った次の瞬間、二人の兵士が震え出す。彼らは激しいけいれんを起こし、床に倒れると、打ち上げられた魚のように暴れ回り出した。
「こ、これは……」
「アンタが悪いのよ。カグヤが外に出るなって忠告したのに、聞かないから」
 会話の最中も、二人の兵士は暴れるのをやめない。
 兵士が奇声を上げ、床を転げ回る。そうしていると、二人の体から、白いモヤのようなものが立ち上りだした。
「アストラル……!」 
「ここがどこだか、忘れてたみたいね。異次元生物のアストラルは、人間の精神体が大好物なのよ。エサが無防備に歩いてたら、食べられるに決まってるでしょ」
 マルゴットとエドワードが話す前で、二人の兵士は次第に変質していく。彼らは、軍服がはち切れそうになるほど体がふくれあがり、人の形を失いつつあった。
「アストラルに寄生されたら、どうあがいても助からないわ。だから、撃ちなさい」
「…………」
「今が最後のチャンスよ。寄生の初期段階なら、その貧相な銃でも倒せるわ」
 マルゴットが指示する。
 しかし、エドワードを始めとした四人の無事な兵士は、誰一人として、銃を持ち上げようとはしなかった。
「はあ……。結局、全部こっち任せなのよね」
 ため息をついたマルゴットは、右手を上へ掲げる。
 そして、唇を笑みの形につり上げた。
「ディメンション・エフェクト」
 言葉と共に、マルゴットの体から、虹色の光が輝き出す。
 彼女が生み出した光は、空中で収束し、こぶし大の球体を作り出した。そうして、光の弾が無数に作られていき、周囲を埋め尽くしていく。
「タイミング的にもちょうどいいし、このまま作戦開始よ!」
 マルゴットは高らかに声を張り上げると、右手を振り下ろした。
 同時、無数の光弾が、勢いよく放たれる!
 宙を舞う光弾が、四方八方へ射出された。そして、建物の壁や天井へ接触すると、光が爆発し、次々に破壊していく。
 もともと崩れかけだった建物は、マルゴットの攻撃に耐えられなかった。建物は倒壊していき、崩れ落ちてきた瓦礫が、マルゴットや兵士たちへと降ってくる。
 激しい轟音が響き渡り、建物は跡形もなく倒壊していった。
「見晴らしがよくなったわね」
 マルゴットが、建物の残骸の上に立ち、笑みを浮かべる。彼女は落下してきた瓦礫を受けても無傷で、何事もなかったかのように立っていた。
「マルゴット、何を考えているのですか?」
 カグヤが問いかける。
 彼女も無事だった。カグヤは、虹色の光を半球状のフィールドにし、瓦礫から身を守っている。また、エドワードを含めた四人の兵士たちもフィールドの中に居り、けがをしてはいないようだった。
「アタシがここで待機してたのは、センサーを張り巡らせて、アストラルがいちばん集まるタイミングを計ってたのよ。どうせ巣を潰すなら、そのほうが効率的でしょ」
「この巣の破壊は許可が下りていません。オランダ政府が反対しています」
「アタシの上司はね、そういうのが嫌で国連を抜けたの。ウチの国のすぐ隣に、連中のたまり場があったら迷惑なのよ。これからは、好きにやらせてもらうわ」
 マルゴットが笑いながら言うと、上空に巨大な飛行物体が現れる。
 カグヤとエドワードたちが見上げると、そこには鳥が翼を広げたような形をした、真紅の物体が飛んでいた。
「ニーズヘッグ……」
 エドワードが声に畏怖(いふ)をにじませる。
 すると、次に瓦礫の下から、何かが現れた。
 それは、先ほど暴れ回っていた兵士だったが、すでに人の形をしていない。その姿は、醜悪な怪物だった。
「オレの部下が……」
「仕方ないから、ついでにそれも始末してあげるわ。感謝しなさい」
 マルゴットはそう言うと、再び虹色の光を輝かせた。続いて、光で空中に足場を作ると、それを踏み台にし、空に浮かぶ真紅の飛行物へと上っていった。
「それじゃ、また別の戦場で会いましょう、カグヤ」
 マルゴットがカグヤに笑みを向け、空へと消えていく。
 そして、真紅の飛行物から、まばゆい光が街へと降り注いだ。

   ◇◇◇

「アムステルダムは消滅か。ドイツも派手にやったな」
 白衣を着た日本人男性が、苦笑しながら話す。
「まあ、何はともあれ、君が無事でよかったよ」
「ニーズヘッグの攻撃直前にカグツチが間に合わなければ、私と国連部隊は助かりませんでした。抗議が必要だと考えます」
 カグヤが答える。
 すると、男は肩をすくめた。
「その手の政治的な話は、僕の仕事じゃないよ。お偉いさんがやるさ。それより、君やマルゴットに被害が無かったことのほうが大切だ。君たちの体は、一〇〇万の兵よりも価値があるからね」
 男はそう言うと、次にふっと微笑んだ。
「しかし、彼女は面白いことを言うな。バイオノイドが夢を見るか」
「私たちは睡眠を必要としません。そのような事象は起こりえないと考えます」
「確かに、僕もそんな現象は確認していない。たぶん彼女も、記憶データの整理をしていただけで、実際に夢を見ていたわけじゃないだろう。でも、君たちの体は、基礎設計をした僕にも完全に把握できていないところがある。自己学習能力を持つ君たちが成長していけば、いつか本当に夢を見ることがあるかもしれないな」
 男は言い、カグヤに笑いかける。
「君が夢を見ることがあるとしたら、どんな内容なんだろう。もし、夢を見たときは、教えてほしいな」
「了解しました、博士」
 カグヤは無表情にうなずく。
 その顔を、男はいつくしむ父親のような表情で見つめていた。

   ◇◇◇

「アレス様、起きてください」
「ん……」
 体を揺すられ、アレスが目を開ける。彼が、ぼんやりとした顔で周囲を見回すと、目の前にカグヤが立っていた。
「このような場所で休息を取ると、風邪を引くと思われます」
「ああ……。カグヤが気持ちよさそうだったから、つい……」
 アレスはカグヤがしていたように、木の幹に背を預け、居眠りをしていた。彼女に起こされ、アレスはあくびをしながら立ち上がる。
「んー、なんか昔の夢を見てたな。あのころは、ユミ姉(ねえ)もやんちゃだったなあ……。カグヤも、なんか夢を見てたのか?」
「私は、夢を見るようには作られていません。使用頻度の低いデータを整理していただけです」
「ふーん……」
 アレスは戸惑った表情で相槌を打つ。先史文明の生き残りである彼女は、ときおりアレスには理解できないことを言い、答えに困ることがあった。
 すると、カグヤがアレスを、じっと見つめる。
「――もし」
「ん?」
「もし、私が夢を見ることがあれば、アレス様に報告します」
 カグヤが、静かな表情で話す。
 アレスは、彼女の声に真剣な響きが感じられ、困惑した。
 だが、すぐに彼は、カグヤに笑いかける。
「そうだな。そのときは、教えてほしいな」
「了解しました」
 カグヤがうなずく。
 その顔は、ほんのわずか、微笑んでいるように見えた。

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