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黒翼の竜戦艦 白き騎士の憂愁② 著:椿博太  イラスト:桜井柚南


   ◇◇◇

 王都の中心部には、王族が住む王宮が建てられている。広大な敷地に建てられた王宮は、政治の場としても機能しており、建物内の廊下には大勢の貴族が行き交(か)っていた。
 その貴族たちの視線を、一身に集める女性が居る。
 それは、純白のドレスに着替えた、ユミリアだった。大きな胸を強調するようなドレスは、彼女によく似合っている。
「ノイブルク様!」
 廊下を歩くユミリアに、背後から声が掛けられる。
 彼女が振り返ると、貴族服を着た青年が駆け寄ってきていた。青年は端整な顔立ちに、うれしそうな笑顔を浮かべている。
「前線から、お戻りになられたのですね。おけがなどはありませんか?」
「ええ」
 ユミリアが短く答える。その顔は、青年とは対照的に、無表情だった。
「ご活躍をお聞きました。お一人で、数十の帝国戦車を倒されたそうで。さすがはノイブルク様、『白翼(はくよく)の騎士(きし)』の称号は伊達(だて)はありませんね」
「悪いけど予定が詰まってるから、無駄話ならまたにして」
 青年から賛辞を贈られても、ユミリアに喜んだ様子は無い。彼女はそっけなく答えると、立ち去ろうとした。
 すると、青年は慌てた様子で、彼女を引き留める。
「お、お待ちください。あの、よろしければ、今度お食事でもいかがですか? 是非、ノイブルク様とお近づきに……」
「あなた、この国の現状を理解してる?」
「え?」
「アイゼンバルドは、ローレン帝国に侵略されようとしてるのよ。あなたも貴族なら、食事なんかより国のことを考えなさい」
「…………」
 ユミリアの厳しい言葉に、青年は押し黙ってしまう。
 彼女はそれで話し終え、青年を残して歩き出す。青年は再度引き留めようとはせず、ユミリアを戸惑った表情で見送っていた。
 ユミリアが、王宮の廊下を進んでいく。すると、周囲から人の姿が無くなり、彼女は静かな廊下で一人になった。
「はあ。だから王宮に来るのは嫌なのよ……」
「おう、ユミリア」
「…………」
 静けさを破るように、野太い男性の声が聞こえてきて、ユミリアは顔をしかめる。
 廊下の奥から、精悍な顔つきの男性が歩いてきていた。男性も貴族服を着ているが、表情や態度からは粗野な雰囲気が感じられ、あまり貴族らしくなかった。
「戦場から、もう帰ってきたんだってな。なら、まずオレに報告しに来いよ」
「お父さんに報告したって意味ないでしょ。毎日お酒飲んでるだけなんだから」
 その男は、ユミリアの父親だった。
 名前は、ドラギオル・イクス・ノイブルク。母親はユミリアが幼いころに病死しており、ノイブルク家は父と娘の二人だけである。
「お父さんが王宮に居るなんて、珍しいわね」
「たまには顔を見せとかないと、忘れられちまうからな。お前は?」
「わたしは戦況の確認よ。とりあえず、国境に迫ってた帝国軍は追い払ったから、しばらくは大丈夫だと思うわ」
「ふむ。そういや、タブロット家の兄ちゃんは、何の用だったんだ?」
「誰のこと?」
「さっき、廊下で何か話してたろ」
「ああ。食事に誘われただけよ」
「ほう、行くのか?」
 ドラギオルが尋ねると、ユミリアは嫌そうな顔つきになる。
「行くわけないでしょ。アーくんのごはん作らないといけないのに」
「そんなんじゃ、いつまで経っても結婚できねえぞ」
「する気ないからいいわよ」
「ノイブルク家としては、婿を取ってもらわないと困るんだけどな……。まあ、タブロット家は竜男爵(りゅうだんしゃく)だし、竜公爵(りゅうこうしゃく)のウチにしてみれば、付き合ってもたいして旨(うま)みはねえか」
 アイゼンバルドでは、すべての爵位に『竜』が付けられている。
 ノイブルク家は竜公爵で、王族に次ぐ権力を持っていた。一方の竜男爵は、貴族の中でもっとも低い地位にあり、竜公爵からすれば、かなりの格下である。
「貴族の駆け引きは、お父さんに任せるわ。わたしは騎士よ。だから、アーくんが居る王都を戦場にしないためにも、帝国と戦いはするわ。でも、それ以外の時間は、アーくんといっしょに過ごしたいの」
「お前、そろそろ弟離れしろよ……む?」
 ドラギオルは嘆息しながら話すが、ふと前方を見て、眉をひそめた。

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