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稲妻姫の魚釣り 著:小川淳次郎 イラスト:狐印

 モルニア、大災害に襲われたかのように破壊された城郭都市。
 そこで吸血鬼アーニャ・リュボーヴィに保護された日本人の亀楽神楽(かめらかぐら)。日本に帰るつもりはかけらもない彼は、その巨人と言っても差支えのない、尋常ではない体格を活かしていくつかの苦難を乗り越えた。
 単純に言えば、その腕力で殴り飛ばすか投げ飛ばすかしてきたのだが、そんな彼でもどうしようもないものがある。
 そのうちの一つが酔っぱらい。
 いざとなれば逃げればいいかもしれないが、放置しておいて事故かなにかに巻き込まれないとも限らない。野っ原で眠ってしまって凍死なんてこともありえる。
 しかも、やけ酒で酔っていればなお悪い。特に女であればベロンベロンに酔って泣かれたりすればもうなにもできない。例えば、いま、現在のように。
「……だから、もう、僕はこりごりなのでござりまするよ!」
 真っ赤な顔で、女がバンバンとカウンターを叩く。
 場所はアーニャの店。時刻は昼前。
 住民の多くは連日、復旧工事をしているので、この時間帯は閑古鳥が鳴いているはずだった。
 しかし、彼女はやってきた。
 黄土色のマントを羽織り、腰に剣を差している。
 黒髪を三つ編みにした若い女。
 名前をツェツィ・ツポーレフ。
 職業は街の憲兵隊の隊長であるが、
 この帝国ロマノヴァ全土に影響力を持つツポーレ商会会長の孫娘でもある。
 来店時、カウンターで神楽と暇つぶしにオセロで遊んでいたアーニャが尋ねた。
「……どうしたんだ。そんな、ふくれっ面で」
 神楽も振り返り、戸惑いながらうなずいた。
 それほどまでに見事にツェツィは頬をふくらませていたのだ。
 彼女は無言でカウンターにまでやってきて、ふくれっ面のまま神楽の隣に座った。
 そしておもむろに一言。
「酒」
「…………」
 アーニャは困惑していた。眉間にしわを寄せて確認する。
「注文、で、いいのか?」
 ツェツィはこっくりとうなずいた。
「えーと、酒って言っても種類があるが」
「安いのから順番に」
 端的で大雑把な注文だった。
 神楽はツェツィの異様な雰囲気に押されるようにして席を離れようとする。しかし、ツェツィがしっかりと彼のマントを握っていた。
「え、あの、なんです、これ――」
「座れ」
 ツェツィは重い声で言った。部下でもなんでもないのに命令である。
 だが、彼女の言葉には逆らい難い迫力があった。
「座れ」
 二度言われた。
 神楽は背後、店の入口を振り返る。
 そこには白衣姿の老人、ドクがいた。彼は普段は店の表で酒を飲み、つまみを食べて、神楽相手にべらべらどうでもいいことを話しているが、このときは黙って手を合わせていた。キリスト教徒のはずなのに。
「え、いや、この、アーニャ……」
 神楽はその体格からは想像のしにくい、か細い声でアーニャを呼ぶ。
 しかし、彼女も酒をコップに注ぎながら小さく首を横に振るだけだった。
 諦めろと、声を出さずとも伝わってきた。
 神楽は、静かに座るしかなかった。

 そして数時間後、ツェツィはベロンベロンに酔っぱらっていた。 「みじめ、みじめ、みじめでござりまするよ。通常の三倍か四倍もみじめでござりましたるるるよぉぉ」
 しかも泣き上戸である。
 泣く。盛大に泣く。神楽がハンカチで涙も鼻水も拭いてやっても溢れてくる。汚れるたびにアーニャが水で洗っているが、どんどんボロボロになっていく。
「なんで、なんで、なんで僕は六つも歳下の結婚式に出席しないといけないのでありまするかぁ。ぼ、僕がまだ、結婚できていないというのでするのにぬるるる」
「もう語尾がめちゃくちゃだなあ……」
 口調こそのんきだが、神楽は困憊していた。
 ツェツィがこうなったのは三杯目から。かなり早い。
 いきなりぼたぼた涙を流し始め、結婚、結婚とつぶやき出す。ここが酒場でなかったら軽いホラーである。
 神楽は逃げ出したかったが、がっちりマントを掴まれていた。振りほどくことはできるが、こういうときは気が小さくなってしまい、おとなしくなっていた。
 ツェツィの口からこぼれるのはため息と愚痴。
「あぁぁのぉ、ですねぇ。僕は、僕は、お願いしましたるよ。あなた方に。タケマの村にいった商人と連絡がつかないから、見にいってくれないかとぉ。それで、ですよ。それで、どうしてそこの男の子と、港湾都市の、ナヴァリナの女の子が、結婚するることに、なるのですかる! おかしぃ! おかしくないですかる!?」
 おかしいのはあんたの口調だと神楽は言いたかったが、いつものことである。口が悪かったのを無理に矯正したらこんな感じになったらしい。
「ええと、説明、しましたよね。ボリスって人が――」
「それは知ってまするよぉ! でも、なんでぇ、なんでぇ、僕より六つも歳下の男の子がぁ、僕より三つ歳下の女の子とぉ、結婚することになるのですかるるるぅ!」
「だから、それは、ボリスって人がやったことに対する手打ち、的な、ね?」
「関係あるけど関係なぁい! せめて、せめて、出席する必要のない家ならよかったでするのにぃぃ! そしたらあんなみじめな思いすることもなかったでするのにぃ!」
 こんなことを延々と言っている。
 彼女の家は帝国全土に名が知れる大商人であるため、商売の認可をしてくれている各都市の長などの冠婚葬祭には、つながりを保つために顔を出さなければならないのだ。おそらく、そこで独身のことをネチネチつつかれたのだろう。
 ツェツィは泣き喚きながら酒瓶を次から次へとあけていく。
 ハイペースにもほどがあるが、こっそりアーニャが酒を水で割っていた。このようなことは一度や二度ではないようだ。
「あぁら、まだ独身なの? 優雅ですわねぇ、羨ましいでするわぁ。とか、そんなのをニヤニヤニヤニヤされながら言われて、んもうぅ! もう! もう――!」
 酒と涙に駄々っ子追加。ツェツィは今年一九である。日本でいえばまだそんな結婚のことなど気にする歳でもないが、ここでの適齢期は一二から一五である。行き遅れなのだ、ツェツィは。
 彼女も肩身が狭いだろう。しかし、神楽はそういう方面には配慮が足りなかった。
「ツェツィさんや、」
「なんでするかぁ?」
「そんなに結婚したいの?」
「…………」
 ツェツィはカンっとカウンターに叩きつけるようにコップを置き、のっそりとした動きで天井を見上げて叫んだ。
「したいに決まってるじゃないでするかぁ! ……ぇっぷ」
 アルコール臭のする吐息をもらす。
 そうしてまた酒を呑む。呑んで管を巻く。
 この繰り返しで数時間である。神楽は疲れてしまっていた。
 昼食代わりにつまみを食べても気は休まらず、酔いがどんどん回ってきて左に右にとふらふらしだすツェツィを支えたりと気遣いしなければいけなかった。
 神楽はため息混じりに言った。
「あなたも結婚すればいいじゃないですか」
「でぇぇ、できたら問題ありませぬるよ! 行かず後家でするよ! どうせ、どうせ私は、年増でございまするよぉ!」
 愚痴がひどくなった。
 アーニャは顔をしかめていたが、口を挟んではこなかった。そしたら矛先が彼女に行くので遠慮したのだろう。
「口調が妙だとか……そんなので断るのはわかりまするよ! 自分でも変だと思いまするもの! でも、でも、でも、なんでするか!」
「はあ、なにが……?」
「なぁにがって、気が強すぎるとか! 女のくせに剣振るってるとか! 口が悪いとか! ほかにも、えっと、蹴られたとか!」
「蹴ったの?」
「まだお見合いなのにおっぱい触られましたる! 蹴りまする! 蹴りまするよ!」
 ガンガンとツェツィはカウンターを蹴った。
「やめなさい。わかった、わかりましたから、そういうことはやめなさい」
「はーうぃ! わかりましたるよぉ! 稲妻姫、おかわり!」
「はいはい」
 そう言って、アーニャは水を出した。
 ツェツィはごくごく呑んでいく。水を。
「あ~、おいしいでするよぉ! こう、頭に染み入っていく感じで!」
 全然気づいていなかった。
 日本にいたころ、こんなふうに酔っぱらう親戚も何人かいた。経験に基づく予想だと、そろそろくったりと眠るだろう。
 それは間違っておらず、一杯、二杯とツェツィが水を呑んでいくと、うつらうつらと船を漕ぎだした。まぶたも半分閉じている。
「うぅ~、どうしてでするかぁ? どうしてぇ、私は結婚できないでするかぁ? 剣を持つ女はいっぱいいますよぉ。気の強いのもぉ、いますよぉ。稲妻姫ぇ、なぜでございまするかぁ」
 アーニャは面倒くさそうだったが、ゆっくりと教えてやった。
「それはだな、お前がツポーレフ家の一人娘であるからだ」
「それがどうしたのでするかぁ」
「ツポーレフ家に婿入りするには、相応の家格がいる。皇室に近いものか、はたまた他国の大商人。だが、そんなところのやつが想像する嫁は、お前とはタイプが違いすぎる」
「むぅ」
「静かに家に入り、子を育てる女か。はたまた、しずしずと自分の三歩後ろをついてくる使い勝手のいい女。お前はそのどちらでもなく、同格を望む。そりが合わんのだよ」
「そんなの、どうしようもないじゃないですかぁ」
 ガクンとツェツィの肩から力が抜けて、カウンターに突っ伏した。
 頭突きをするような勢いだったが痛がるそぶりはない。まだ意識は失ってはいないようだが、完全に酔いつぶれてしまっている。よだれを拭いてもなんの抵抗もなかった。
 アーニャは酒瓶とコップを片付けながら神楽に言った。
「しばらく、表で寝かせておいてやれ」
「はいはい。おまかせあれ」
 ゆっくりと神楽はツェツィを抱きかかえようとしたとき、店に人が入ってきた。
 白衣姿のドク、ではない。日に焼けた黒い肌の男だった。上半身に服を着ておらず、腰のベルトに金槌などの工具を備えている。
 よくこの店にやってくる大工だ。格好からして仕事途中のはず。
 アーニャが声をかける。
「どうした。酒でも飲みにきたか?」
「いやあ、そういうんではないんだ、姫様。親方に呼んでこいって言われてね」
「事故か? 力がいるなら神楽を使ってもいいが」 
 男は首を振って否定した。
「違う。そういうのでもないんだ。用があるのは姫様やカイジュウじゃなく、そっち、行かず後家のほうだ。ついてきてほしかったんだが……」
「だぁーれが行かず後家でするかぁ!」
『行かず後家』というキーワードでツェツィの意識が覚醒した。
 椅子から飛び上がって危なっかしい足取りで大工のもとに向かっていく。そして、躓いた。
 神楽は咄嗟に腕を伸ばして、止めた。身長が二メートル五〇センチあるぶん、腕も相応に長いのが役立った。泥酔しているので受け身もとれなかっただろう。
「……おー、ありがとうござりまする。助かりましたる」
 ツェツィに礼を言われる。神楽はアーニャに顔を向け、尋ねた。
「ついていっていい? 心配になるから」
「ああ、そうしてやってくれ」
 アーニャは呆れながらも許可を出した。
 どうもと神楽は言って、ツェツィをゆっくりと背負った。
「おー、おんぶおんぶ。おっきいでするなあ、やはり」
「はいはい。吐かないでね、ツェツィさん。んじゃ、案内してー」
「ああ。じゃあ、いくか」
 神楽は男について店を出て行った。
 太陽が燦々と照りつけるなか、ツェツィを揺らさないように慎重に歩いていく。珍しい組み合わせだからか、ちらちら視線を向けられた。
 向かった先は街の入口。大きな門であった。
 そこでなにやら激しい言い争いが行われていた。
「だから、こんなんじゃあ買えないって言ってるだろ!」
「うちとしてもこれが限界だ! これ以上安くすることはできない!」
 争っているのは外の商人と年配の大工、監督だった。
 外の商人は石材売りだ。その周囲では他の大工たちがうんざりした顔で成り行きを見守っていた。
 どうやら運び込まれてきた荷、大量の石材の値段について互いに譲れなくなっているようだった。
 まずは落ち着かせることが先決か。神楽はそう判断して、曲がっていた背筋を大きく伸ばして間に割って入った。
「うるさい」
 一言、それだけでよかった。
 両者は神楽を唖然となって見上げて、一歩下がる。石材売りだけならいざ知らず、顔見知りの監督までも戸惑っていたのはわずかに傷ついた。
 よっこいしょとツェツィが神楽の背中から降りた。
「……ヒック、ええと、それで、どういうことでするか?」
 顔を赤くしたツェツィが両方に尋ねる。
 神楽がその巨体で意識するしないに関係なく威圧しているので、素直に答えてくれた。
 話は単純。
 要は、石材の値段がこれまでに比べてかなり高値になっているということだ。
 モルニアの商人、ツェツィの実家のツポーレ商会としてはそんな値段で買うことはできない。というのも、道路や城壁の補修はインフラであり、利益を回収するのに時間がかかってしまう。短期的にじゃんじゃか金をつぎ込んだら苦しくなるのだ。
「どうして、こうも高くなっているのですかる?」
 ツェツィは酔っているが正気を保ち、まず言い分を聞いた。
 石材売りは不安でもあるのか難しい顔になったが、その原因を口にした。
「事情があり、川が使えぬようになったので陸路を使って石を運んできた」
「事情?」
「契約事項にあったはずだ。時期によって陸路を使わなければならない場合があり、そのときは高くなると」
「確かに、そういうものはありましたる」
 ツェツィは眠たげに目をこすった。
「でしゅけども、時期が明確に決められていたはずでする。使えなくなるのは冬のはずではなかったでするか?」
「……ああ、そのとおり。冬のはずだったが、そうもいかなくなった。ここ数週間、突然の豪雨が頻繁に起こったり、謎の衝撃音が空に響いたり、色々あっただろ。ここもこんなに壊れてるんだ、なにがしかおかしなことがあったんじゃないか?」
 石材売りがそう言った瞬間、ざあっとツェツィや大工たちの視線が神楽に一斉に向けられた。 
 神楽は素知らぬ顔でいたが、首筋に汗を浮かばせていた。
 変な間が空いたがツェツィが咳払いをして話を続ける。
「そうでするね。それで、そのことが原因で、船が出せなくなりましたると?」
「きっかけになったかもしれないってだけだ。理由を詳しく知りたければ独自に調査するなりなんなりすればいい。とにかく、値は下げられない。このままだ」
「原因が取り除かれれば、どうなるのでする?」
「無論、安くなるが、無理だ。我らの一族が一冬を通して戦わなければならない。稲妻姫なら詳しく知っているが、そこの大男でも不可能だ」
 石材売りは神楽を見る。
 神楽は常識はずれの大きさ、太さである。初めての顔合わせなので驚き、恐怖が表情に出ているが、それでもどうにもならないという確信は揺らいでいない。
 ふうっとツェツィは熱っぽい吐息をもらす。
「無理でありまするか。不可能で、ありまするか。ならば、可能でありまするね。この、カメラカグラであれば」
 えっへんと、なぜかツェツィが胸を張る。
 周囲の大工も、うんうんとうなずいた。
「できるだろうなあ」
「カイジュウだもんなあ」
「だよなあ」
 大工たちは壊れた城壁や道路を眺めながら話している。
 この反応には石材売りが困惑し、神楽も気まずそうに眉間にしわを寄せていた。
「とにかく」
 と、ツェツィが一歩前に出る。
「元凶を取り除いたら安くなるのでするね?」
「これよりあとは、だ」
「わかりましたる。買いましゅ、買いまする。その値で」
 ツェツィはスパッと決めた。
 今度はモルニアの大工たちが驚く番だった。
「か、買うのかよ! 結局! でもこの値段だと俺たちの儲けがねーぞ、これだと!」
「補填を致しまするよ、ちゃんと」
 ツェツィは赤い顔で説明する。
「僕らの最優先事項は一つ。街の修復でする。そのためにも石材は必要不可欠。買わなければいきませぬ。ですが、」
 ツェツィは石材売りを睨みつけ、言った。
「解決したら、次は安く願いまするよ」
「……わかった。ご老人に持ちかけよう。解決できるとは思わないが」
「できましたら報告しましょう。ほら、あなた方は工事を再開でございまする。そんでもって、カグラ」
「はいはい。いまからその川に向かうんですか?」
「いえ。一旦、稲妻姫のもとに戻りまするよ。作戦会議でございまする」
 くるりっとツェツィは背後を振り返って歩き出したが、ものの数歩で躓いた。
 神楽は倒れるより早く首根っこを引っ掴み、よっこいしょとおんぶした。
「ん~、情けないでするが、いい景色でございまする。それでは、稲妻姫の店にいきましょう!」
「もう呑まないでね、頼むから」
「酒は呑んでも呑まれませぬ!」
 酔っぱらいが一番口にしてはいけない言葉だったが、神楽は適当な相槌を打ちながら歩いていく。それが最も無難な対応なのだ。
店に戻ると、ものの数分しか経っていないのでアーニャは戸惑っていたが、ツェツィがコーヒーを二杯頼んだことで呑みにきたのではないとわかってくれた。
 カウンターに座り、ツェツィは一口啜ってから事の子細を語った。
 石材売りの言う、川が使えなくなった原因。
 アーニャはすぐに答えてくれた。
「レギオヌスだ。あの川に生息している凶暴な魚だ。数が多く、凶暴で、トビウオよりも高く飛ぶ。船の人間にまで襲いかかるんだ」
「……そんなのがいるなどと、初耳でありまするが」
「まあな。石材売りの一族との商売上の約束、知ってるだろう?」
 ツェツィは酔っているからか時間がかかったが、ゆっくり答えた。
「山、川に勝手に入らないこと、でするか。猟師もあちらの山にはいきませぬ」
「ああ。街の規模が少し大きくなってきたころだな。石材を手に入れようとして、山奥にある彼らの村に私が直接向かったんだ。彼らはほとんど自給自足の生活だったな」
 野草、木の実、開墾した畑。それと川の魚。そして山から切り出した石材と木材で生計を立てていた。いまもそんなものらしい。
「レギオヌスは昔から彼らの頭痛の種だ。私が退治してやってもよかったが、吸血鬼だから警戒されてしまい、商売以外のことは遠慮された」
「昔は吸血鬼への偏見も強くありましたるからね。ですけれども、こちらに被害が出ておりまする。それに、なんとかしてくれたら安くするという言質も取りましたる。稲妻姫、このカイジュウを借りまするよ」
 ツェツィはぽんっと神楽の背中を叩いた。
 コーヒーをちびちび飲みながら神楽はアーニャに尋ねた。
「一緒にいってくれる?」
「一緒にいかなければいかんだろう。私の街のことでもある。ちゃんといくとも」
 アーニャはため息をついた。
 この会話にツェツィは首を傾げる。
「なんか、一緒でなければいけないようなの言ってますが、何故でするか?」
「神楽のような迷い人はここの環境が合わないとかで、私のような吸血鬼の血を入れて保護しなければならないが、それには範囲がある。私と離れ過ぎたら、保護が切れる。こいつが私に恩を返し、鎖が外れて独立すれば話は別だがな」
「あー……。そんな話もありましたるねー。僕の街の住民でするに、忘れてしまっていてごめんなさい」
 ぺこりっとツェツィは頭を下げた。
「そんな気にするようなもんじゃあないでしょう」
「いいえ、ダメでする。気にしましゅるよ。たとえ、初対面時に僕を窓からぶん投げた人でも」
 懐かしくてちょっと笑ってしまったが、その原因は彼女のほうにある。
 行き違いがあったとはいえ、ちゃんと事情を説明せずに腰の剣を向けてきたのだ。神楽が怒って、窓からぶん投げたのである。それでもへこたれなかったので感心もした。
「カグラは僕の街の住民。だったら僕が守る人でしゅるるるるる」
「すっごいよだれたれてますよ」
 神楽が指摘してツェツィも袖で拭おうとするが、手がふらふらしている。
 アーニャが仕方なくハンカチで拭ってやった。

 翌日。神楽は川にいた。
 モルニアから東の山間にある件の川だ。周囲は木々が生い茂り、鳥の鳴き声が聞こえてくる。水量が多く流れは穏やかだ。
 上流に採石場があり、そこから大きな船で運んでくる。人も馬も使わないので経費の節約になっている。山道は、そもそもこの川が使えないことは考慮していなかったので狭く、険しいとのこと。値段が跳ね上がるのも当然だ。
 そして、その川で、船に乗っていた。
「船というか、イカダじゃないかなあ、これ」
 神楽は不安げにこぼした。今日はマントを着けてないので少し寒かった。
 事実、イカダ。二メートルほどの丸太を組んで、とりあえず浮かぶようにしたものである。神楽の巨体で端によったら沈むので、中心であぐらをかいている。
 それでどんぶらこ、どんぶらこと、川で流されている。
 無論、一人でここにきているのではなくアーニャとツェツィも同行している。しかし、彼女たちは川岸を歩いていた。
 神楽は、囮(おとり)だった。

 アーニャとツェツィは置いていかれないよう足早に川岸を歩き、イカダを追っていく。もう少し流れが速ければ延期していただろう。
 アーニャがイカダに乗っていないのは、水が天敵だからだ。稲妻が出せなくなる。タケマの村では気を張っていたが、実際は生理的嫌悪感があるほど濡れるのが嫌いだった。
「稲妻姫は泳げないってことでするね」
「そうだよ! 悪いか!」
 ツェツィの指摘は図星だった。
 アーニャはカナヅチだ。飲水なんかは無論恐れないが、大量の水は嫌いである。足がつかなかったらパニックになって溺れる自信があった。
「風呂はかまわんのだ。風呂は」
「自慢になりませぬるよ、それ」
「当たり前だ! 自慢してない!」
 他愛無い口喧嘩をしながら歩いていく。
 別に気が抜けているわけではない。しっかりと視線は強く、神楽の乗るイカダを見つめていた。
 しばらくしてアーニャがツェツィに言った。
「別にお前は街に残っていてもよかったと思うんだが」
「そういうわけにもいきませぬるよ。街のいざこざは我々が片付けるべきなのでする。そもそもは私が引き受けましたるに、完全にお任せするわけにはまいりませぬ」
「ちと、気を張りすぎだ。もっと力抜いてもいいだろうに」
 アーニャは心配するようにつぶやいた。
 二人は神楽を追っていく。
 川のせせらぎ、鳥の声。ヤブを突っ切るアーニャたちの足音。
 静かであるがツェツィはある異変に気づいていた。
「この川、異常でありまするね」
「気づいたか」
 アーニャも水面を睨みながら言った。
「ええ。魚がおりませぬ。カニや、虫などはおりますれども」
「すべて喰われたのだ。レギオヌスに」
 アーニャのブーツに水がかかった。
「変化は急速だ。まず、魚が消えて、釣りをしたら餌が竿ごと喰われ、船が襲われる。もうそうなったら戦争だ。殲滅にとりかかる。だが、卵が見つからないので、ずっとうまくいっていないがな」
「むぅ……。川に入るな、というのも、被害が広がるのを考慮してのことでするね、つまりは。勝手に入って、怒られそうでするが」
「開き直れ。状況を知らせた石材売りも知らんぷりするだろうが、こっちも迷い人、神楽が入ってしまったってことにすればいい。わざとだって察するだろうが、相手にもありがたいことだ。適当にお茶を濁すさ」
「……そういう力技の交渉は、僕はまだ苦手でありまするね」
 ツェツィが腕を組んで唸ったとき、バシャっとなにかが水面を跳ねた。
 いやに大きい音であった。
 イカダにいる神楽が立ち上がってぎゅっと拳を握りしめていた。
 また、バシャっと大きな音がした。
 今度はアーニャたちにもその姿が見えた。
 透明な、巨大な大蛇のような尻尾だった。
 アーニャは言う。
「きたぞ、レギオヌスだ」
 アーニャの顔が鋭くなった。
 神楽の乗ったイカダの前方に水しぶきが上がる。
 一度、二度、三度、どんどん近づいていく。
 そして、四度目はイカダの背後であったが、水だけではなかった。
 長い尻尾が生えた巨大な魚だった。黒と白が交ざった体表をした、ずんぐりと太い肉体の魚。到底、川に生息できるサイズではない。
 海、沖合に生息する猛獣を彷彿とさせる姿。
「――シャチじゃねーかこれ!」
 神楽は叫びながら川に落とされた。
 尻尾の生えたシャチ。それがレギオヌス。
 神楽以上の巨体であるのだ。いくらなんでも不安定なイカダの上で踏ん張れるわけもなく、転覆して大きな水しぶきが上がってしまった。
 ツェツィは激しく慌てた。
「落ちましたるよ稲妻姫! カメラカグラが落ちましたる!」
「わかってる! 決まらんやつだな!」
 無茶なことである。
 いくら神楽が巨体で尋常ではない身体能力があるといっても、まともな船ではない。
 だが、しっかりと地面に足をつけることができれば、神楽にとってシャチだろうがサメだろうが、くじらだろうが関係ない。
 そのどれもカイジュウには及ばないのだ。
 アーニャとツェツィが川に入ろうとした瞬間、一際大きな水しぶきが上がってレギオヌスが放り出された。
 川岸に打ち上げられてびちびち跳ねる。巨体であるため砂利が飛び散っていく。
 ガジガジ痙攣するように口を動かし石を噛み砕いていた。人間など簡単に喰われてしまうだろう。
 長い尻尾で身体を引っ張り川に戻ろうとしていたが、すかさずアーニャは高出力の稲妻を浴びせた。その一撃で全身黒焦げになり、レギオヌスは動かなくなった。
「アーニャー!」
 川から神楽が顔を出した。怪我はない。
 だが、のんきな顔ではない。切迫した、厳しい顔だ。
「どうした神楽ー、お前も上がってこーい。終わっただろー」
「まだだ!」
 神楽は否定し、ドボンと沈んだ。
 直後、水しぶきが上がってまたレギオヌスが打ち上げられる。
 即座にアーニャは稲妻を撃ったが、動揺が生まれた。
 彼女の想定では一匹で終わりだったのだ。
 しかし、二匹目を倒しても神楽は上がってこない。それどころか、川のあちこちから水しぶきが上がりだした。
 一つ、二つ、三つ、四つ、どんどん増えていく。
「な、な、な、何匹いるのでするかこれは!」
 ツェツィが叫ぶが、わからない。
 アーニャも想定していなかった。考えれば当たり前だ。たったの一匹で、他の魚が消えて一冬を通して戦い続けなければいけなくなるなど、あるはずがない。
「認識不足が祟(たた)った! 神楽、上がれ! 一旦引くぞ!」
「――ことわボボボ!」
「なに言ってるかわからん!」
「多分、断わるって言っておられまするよ稲妻姫!」
 ドォンとまた水しぶきと一緒にレギオヌスが打ち上げられてきた。
 今度はツェツィが腰の剣で刺し殺すが、痙攣した尻尾が彼女の腹を強く叩いた。苦悶し、倒れてしまう。
「大丈夫かツェツィ!」
「大丈夫でありまする、稲妻姫」
 そう言いながらも苦しそうだったのでアーニャは手を貸してツェツィを起こした。
 小さな水しぶきもたくさん起こっていて、水中での激しい戦いが簡単に想像できる。川に血が広がったりしないので神楽に怪我はないのであろうが、まだしていないだけだ。
 ツェツィが真っ青な顔でアーニャに詰め寄ってくる。
「稲妻姫! カグラを早く巨大化させるべきでする! でなければ、いくらあの男でも、喰われてしまいまする」
「……できん。あの巨大化は、あいつの意思が不可欠だ。あいつが、怒ったりなにかしないとできない。私が命令してでかくしているんじゃない」
「ではなぜ、いまカグラは巨大化しないのでするか!」
「わからんよ! けどあいつはバカ、バカだがこういうときはちゃんと考えがある! いまそれがなんなのか考えている!」
 アーニャは慌てようとする頭を静ませ、回転させた。
 疑問がある。
 このシャチではなく、神楽。水中で戦い続けている彼のこと。
「――ブハッ!」
 神楽は一瞬だけ顔を出して空気を取り込むと、すぐさま沈む。
 上がってくる気配がない。彼の腕力、脚力ならどうにでもなるのに巨大化すらしない。
 そうしない、というのはなにかメリットがあるはずだった。水中に沈み続けていることで得られるメリットがある。
 しかし、それがなにか、アーニャはまったくわからない。イライラして頭を引っ掻いてしまう。
「ああもう、ドクを連れてくればよかった! 迷い人と私とでは知識が違いすぎる! あいつがなに考えてるかわからん!」
「……我慢できませぬ! 稲妻姫、僕はいきまする!」
「はあ!?」
 突然、ツェツィがマントも服も脱ぎだした。靴も脱いで下着にナイフだけの姿になり、川に向かって歩き出した。
「やめんか! 食われるぞ!」
「僕の街の住民が食われようとしているのに放っておけませぬ!」
 ツェツィはアーニャの制止を聞かずに川に飛び込んだ。
 稲妻は間に合わなかった。水に触れたら稲妻は散ってしまう。それでもしびれるにはしびれるが、軽かったり、または強すぎたりと出力の調整が途端に困難になる。
「……あ、そうだ」
 そこで、アーニャはポンっと思わず手を打った。
 魚釣りなどしたことはなかったので、そういうふうに頭が回らなかった。
 だが、神楽がいた日本だと電気を簡単に生み出せるらしいので、こういう漁法も存在しているのだろう。
 稲妻を利用した漁法。
 
 神楽は驚いた。
 シャチ、レギオヌスの群れのなかにツェツィが飛び込んできたのだ。
 神楽のように異常な腕力や脚力、体力があるわけでもないのに、ナイフで戦っている。勇敢か無謀か、とにかく冗談ではなかった。
「――なにやってんだ、あんたは!」
 水上に引き上げ、神楽はツェツィに怒鳴った。
「やかましいでするよ! 助けにきただけでございまする!」
「いや、邪魔――」
「ならば見殺しになさりませ! 僕は勝手に助けにきて、勝手に死にまする!」
 飛びかかってきたレギオヌスの頭部へツェツィはナイフを刺す。
 器用なものだが、これでは神楽の作戦に彼女を巻き添えにしてしまう。
「バカなことを言うなよ、もう。おじいちゃんが悲しむだろう」
「あなたが、住民が、僕の知り合いが傷つくのを僕が見て、僕が悲しまないと思いましたるか!?」
 ツェツィは食いかかるように神楽に怒鳴った。
「あなたは大きく強い! あなたはカイジュウ! あなたは街の救世主! ですれども、あなたは住民! 僕の知り合い! 僕は傷ついてほしくない! おかしいか!」
「…………」
 一瞬、覇気に呑まれた。
 それで、笑えてきた。
 神楽は笑って、ツェツィはまた怒った。
「笑うな!」
「ま、笑ってる場合じゃないなあ」
 神楽は笑いながら噛みついてくるレギオヌスを掴んで川岸に放り投げる。
 と、アーニャが叫んでいた。
「神楽! 上! 上だー! 投げろ!」
 空を指さしている。
 神楽はアーニャがこちらの意図を察したとわかった。
「一〇八の筋肉芸の一つ――」
「……おいこら! それは僕のトラウマが刺激されれえ、まさかぁ!」
「水平、じゃなく、垂直だから、打ち上げ! そぉーれぇ!」
 神楽は一旦沈み込み、川底をしっかり踏みしめた。
 そして、水面に跳び上がる。
 水中からは初めてだが彼の腕力ならば可能。
 大きく身体をねじり回し、
「いやあああ!」
 水しぶきとともにツェツィを空に放り投げた。
 滞空時間はもって数秒。
「十分だ!」
 言ったのはアーニャ。
 彼女は川に足を踏み入れて、髪や指先に稲妻をまとわせていた。
 神楽の狙いに気づいた。日本では生態系を破壊するということで禁止された漁法を、アーニャにやらせようとしたのである。
 電気を利用した漁法。
「全滅だ! このシャチどもめ!」
 名前はビリ。
 電気を川に流して魚を気絶させる漁法である。
 今回は、神楽以外の生き物はショック死するほどの高出力だった。

 尻尾の生えたシャチ。レギオヌス。
 退治の翌日、よく晴れた昼下がり。神楽はアーニャの店の表にあるテーブルに着き、のんびりコーヒーを味わっていた。先日購入した石材を使った工事を眺め、がんばれーと応援している。
「手伝ってくれよカイジュウ!」
「アーニャから禁止されてるの。諦めてー」
 工事中の一人に適当に返事をし、ずずっとコーヒーをすする。汗を拭くタオルや、飲み物を出したりする以外、神楽はなにも手を出さない。
 彼自身も手伝いに駆り出されると思っていたのだが、アーニャやツェツィから禁止と言われた。理由は、神楽が手伝うとそれこそ一〇人分の仕事をしてしまう。すると、彼を除いた九人の仕事を奪うことになるからだ。
 文句を言っているものたちも、それがわかっているのでしつこく頼んできたりはしない。自分の仕事は自分でする。それがルールだ。
 ふあぁと大きなあくびをしていると、店からアーニャが出てきた。
「まだツェツィは帰ってこないのか」
「まだみたいだなあ。あ、おかわりちょうだい」
「自分で入れてこい。めんどい」
 アーニャも同じテーブルに着いた。神楽は諦めて、空のカップを置いた。
 ツェツィ、彼女は朝から石材売りの村に出向いている。
 今回のことは事情を知らない神楽が勝手に川に入り、急遽アーニャとツェツィが助けに入ったという形にするので、そのお詫びにレギオヌスの死骸と、金品、一頭分の羊肉をもって村へと訪問しにいったのだ。
「神楽、あのビリってのは、いかんな」
 アーニャは眉を顰めてそんなことを言った。
 昨日のやつだ。神楽も同意する。
「禁止漁法だよ。生態系を破壊するから。あれだけでかい川だと、絶滅なんてことはないだろうけど」
 アーニャの稲妻は効果的すぎた。
 カニや虫も感電して死んでしまっていた。レギオヌスも、どうやら神楽にすべて集まっていたようなので全滅したようだ。卵とかは、どこかに残っているかもしれないが、当分は問題ないだろう。
 アーニャは背もたれに体重を預けて頭を悩ませている。
「将来のために、禁止とやっておこうか」
「それがいいだろうなあ。いつになるかは、わからないけども」
「いつ電気を利用できるようになってもいいように、早めに皇室に報告しておいたほうがいいな」
 そんなのがいつになるかはわからないが、神楽も賛成した。
 しばらくしてだいぶ日が傾いてきたころ、ツェツィは帰ってきた。
 部下に馬車は任せたか、徒歩で店に向かってきていた。無表情で。肩を怒らせて。
「あ、これは…………」
 アーニャが頬をひきつらせた。
 神楽も先日の泥酔を連想して気が重くなった。
 ツェツィは神楽たちの前までやってくると、一言告げた。
「酒を出せ」
「強盗か、お前」
 アーニャが言い、神楽もそんなことを思った。

 数時間後、日が暮れたので工事を終えた大工たちがアーニャの店に集まってきていた。
 パンや炒り豆、肉。それとありったけの酒。
 食べて呑んで騒いでと、宴会だった。
 大体毎夜こんな調子である。時々、行き過ぎた騒ぎには神楽かアーニャが口を出すくらいで、明るいものだった。
 ただし、今夜はカウンターでツェツィが大荒れだった。
「なんででする、なんででする、なんででするかー!」
 うぉーんと泣きっぱなしである。
 アーニャは水割りだけを残してほかの客の相手をしている。神楽だけが付きっきりで酔っぱらいの世話だった。
「別にさあ、今回はフラれたとか嫌味を言われたとかじゃあないんだろう?」
「それでもでするよ!」
 ツェツィはコップをガンガン、カウンターに打ち付ける。
「それでも、こんなのみじめでありまするよ! どうして行き遅れの僕が、あなたへの恋文を運んでこなければならないのでするか!」
「……こういうの初めてだからちょっとやばいくらいうれしいなあ」
「んがあああ!!」
 バシバシとツェツィは神楽の背中を叩いてくる。ニヤけているのがかなり腹が立つのだろう。
 恋文とはそのままラブレター。ただし、この場合はすべて結婚を前提にしたお見合いをしませんかというものである。
 どうやら密かに石材売りの一族は神楽の戦いを見ていたらしい。
 恋文の内容は、川に落とされてからもレギオヌスを次から次へと岸に放り投げるその姿がとても力強く、心をときめかせてしまいました云々。
 大体そんなようなことが書かれてある。ツェツィにわざわざ読んでもらったので、それが余計に彼女をいらだたせた。
「ツェツィには申し込みとかなかったの?」
「僕は、男らしいとか、すごいとか、かっこいいとか、女の子に言われましたる! 男は、ありがとうくらいでする! なんででするのぉ!」
 ツェツィは荒れた。
 荒れて、水割りをガバガバ呑んだ。
 顔中ぐしゃぐしゃになるほど泣いて、暴れて、唸る。
 神楽はその応対をやり続けて次第に疲れてしまったのか、ポロッとこんなことを口にしてしまった。
「酒癖が悪いから結婚できないんじゃない?」
 ピタリと、店内の騒ぎが止まった。
 呑んで笑い合っていた客全員が神楽の一言で停止した。
 彼らや、ドクやアーニャの視線が物語っていた。

 禁句を言いやがった。

「…………うわぁぁぁ~~~ん!!」
「ああ、泣くな、おーい。泣かないで~」
「うあぁ~~~~ん!! おかわりぃ!!」
 ツェツィは泣きながら酒を飲んだ。
 当分、結婚はできそうになかった。

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