CLOSE

星宮学園女子寮風呂覗き事件顛末



 これは俺、神務省退魔局特務退魔官、御剣八雲が霊能者のみの住む街、星宮市に来たばかりの頃の話だ。

    そういや伊勢、知ってるか?」
 その日、星宮学園男子寮の食堂で朝食をとっているとワイルドな風貌の三年生、土門加修先輩が言った。伊勢というのは俺の、この街への潜入調査用の偽名だ。
 ただ知っているかとだけ言われてもどうしようもないので、俺は味噌汁に口をつけながら何を? と眼だけで尋ねる。
「なんでも女子寮の露天風呂に覗きが入ったそうだ」
 思わず味噌汁を吹き出しそうになるのをなんとかこらえた俺は、椀をテーブルに置く。
「へ、へえ、そうなんですか」
「覗き防止の結界を壊して女子寮の塀もぶっ壊して、堂々と侵入したらしい。それで覗き犯に、女子が一人裸を見られたそうだ。被害者の子の名は、その子の名誉のためにも伏せられてるけどな」
「へ、へえ、そうなんですか」
「その覗き犯もすげえよなあ。女子寮の結界と言えば、何代にもわたって強化が施されてきたとんでもないもんだぞ。これまで幾多の男子生徒たちが聖域へと到達しようと試みて、失敗してきたんだから」
「へ、へえ、そうなんですか」
「お前さっきからそれしか言ってないけど、どうかしたのか?」
「いや別に、ただ相づちを打ってただけですから」
「ふうん、そっか。それでだな    
 土門先輩は別段俺の言葉を気にした様子も無く、話を進めた。
「犯人を見つけ出すために、女子寮生が全力で動くそうだ。こうなった時のあいつらの団結力は凄まじいものがある    気をつけろ」
「……なんで俺に気をつけろとか言うんですか?」
「お前は結構怪しいからだよ」
「んなっ!?」
 言葉を失う俺に、土門先輩はあっけらかんと言った。
「ああ、別にお前が犯人だって言ってるわけじゃないぞ。ただ濡れ衣を着せられてしまう可能性があるから気をつけろってことだ」
「濡れ衣って……どうして?」
 尋ねると、先輩は同情する眼で口を開く。
「学園外壁の結界は異常なかったし、あれはなんの気配も無しに抜けられるものじゃない。つまり犯人はこの学園内にいる可能性が高いという事だ」
「それは、そうですけど……だからってなんで俺?」
「お前、編入してきたばっかだろ? この学園の普通の男子だったら、女子寮の風呂を覗く事が、どれほどリスクが高いかを入学早々に誰彼から聞かされるんだ。だからそんな事をするバカはまずいない」
「で、俺だとそれを知らないから、ですか」
「ああ    まあお前も編入早々そんな事やらかさないだろうけど、さ。そういう風に疑っているやつもいるって事だ」
 どうやら先輩は、俺の事を心配して言ってくれているようだ。
「……なるほど」
 そう返すと、土門先輩は食べ終わった食器を持って立ち上がる。
「だからさ、ちょっと言動には気をつけておけ。変な事をして冤罪で捕まるのもいやだろ?」
「はい、分かりました」
 そうして土門先輩との朝の会話は終わりとなった。


「というわけで協力してくれ、伊勢兄」
 その日の放課後に生徒会長室に呼び出された俺は、金髪碧眼の生徒会長、宝生綺羅にそう告げられた。
 隣には俺の妹(実際は他人だがそういう設定で潜入している)の聖もいる。
「……女子寮の風呂の結界を張り直すまでの警護、ですか。けどなんで俺が?」
 それがいま綺羅から提案された事だ。
 しかし女子寮の警護を、男である俺に任せる意味が分からない。
「はっきり言うとだね、現在覗き犯について、一部で君を疑う者たちがいるんだ。だからこそ、君にはその汚名を払拭する機会を与えてあげようと思ってね」
 綺羅はその金色の髪をかきあげながら、どこか試すような眼を俺に向けた。
「で、でも! お兄さんは犯人じゃありません! 私が言うんだから間違いないです!」
 聖がそう言って俺を擁護してくれる。
 覗き被害にあった寮生というのは、この聖である。その聖が俺では無いといっているのだから、その言葉は尊重されるべきだが。
「それなのだがな、伊勢妹、君の証言も疑われているのだ。君があの時に言った犯人の特徴だが、そんなやつがいるわけが無い、という意見があってね。つまり君が兄の覗きを、かばっているのではないかと」
「そ、そんな事、ありません」
 そう言う聖だが、その声にはどこか力が無い。
「俺が協力すれば、疑いは晴れるんですか?」
「さすがにそこまでは行かないが、信頼を得る事にはつながる。それにまあ君が協力してくれている間に、君が犯人でないと言う証拠が出れば私が責任を持って皆を説得しよう」
 その言葉の意図をくみ取って、俺は頷いた。
「……分かりました」
「では、やってくれるか」
「ええ、女子寮の露天風呂に結界を張り直すまで、警護してればいいんですよね。引き受けますよ、それで疑いが晴れるなら」
「そうかそうか、では    
 そこで綺羅は、なぜかにやりと笑って見せた。
 彼女がぱちんと指を鳴らすと    生徒会長室の扉が開かれ、数名の女子生徒たちが室内に入ってくる。なぜか女子の制服やかつら、あるいは化粧道具をその手に持って。
「え、なに?」
 嫌な予感を覚えながら綺羅を見直す。
「女子寮の警護をするのだからね、相応の変装をしてもらわないと」
「相応の変装って、まさか」
「もちろん女装だ」
「なにがもちろんだ! た、助けてくれ聖!」
「お兄さんの女装……アリです!」
 なぜか眼を輝かせる聖。
「や、やめろおおおおお!」
 孤立無援の俺の絶叫が、生徒会長室に響いた。



「まずい事になった」
「君はほんと、常に厄介事に巻き込まれているね」
 俺の言葉にそう返したのは、黒猫のクロだった。
 ただの猫では無く、こいつは零落した元神であり、なぜか俺を英雄候補と見定めて色々と世話を焼いてくれている。
「それでどうするんだい、そんなものを引き受けて。君はこの街の調査に来たんだろう? それの妨げになると思うんだけどね」
「女子に疑われたままの方が妨げになるよ。お前も見ただろ、今日のあいつらの俺を見る眼を。敵意がむきだしだったぞ    まあそれは俺がよそ者だって事もあるんだろうけど」
「敵意、ねえ。ボクにはそうは見えなかったけど、君がそう思うならそれでいいんじゃないかな」
 俺の言葉になぜか少し呆れたようなクロだったが、しかしそれ以上反論はしてこなかった。
「それにこの事は今日中に決着をつけてやるつもりだ、じゃないと俺の精神が持たん」
「ああ……」
 そこで初めて、クロが同情的な声になる。
 クロは俺の頭の天辺から足の爪先まで、じっと眺めた。
「あの、お兄さんそろそろ」
 その時    扉の向こうから聖に言われて、俺は立ち上がる。
 俺がいまいるのは男子禁制の女子寮、その聖の部屋だ。
 妹(という設定)である彼女の部屋が、俺の控室のようになっていた。
 どこかでクロとこっそり話したいと言うと、聖はここを開けてくれた。いつもなら女の子の部屋に入っているだけでドキドキしていただろうが、いまはそんな気も起きない。
「じゃあクロ、そういう風に動いてくれ」
 言って、俺はその場に立ちあがった。
 そのまま部屋を出ようとして、ふと姿見に視線を送る。
 そこに映っているのは一人の少女。
 この学園の女子の制服を着て、ふわりとした髪を腰のあたりまで伸ばしている。右手には愛用の霊刀を携えていて    つまり俺だった。
 はっきり言って結構かわいい。
 スカートというのはスースーするものだと思っていたが、案外まとわりついてきて暑いものなんだな、などと実感してしまう自分に気が落ち込みそうになる。
 それをなんとか振り払い、クロが部屋の窓から出ていくのを見送った俺は、扉を開けて外に出て    そこで一斉に、黄色い歓声が上がった。
「やだ~っ、かわいい~!」
「うっそ、ほんとに男の子なの!」
「ひげとかすね毛とかの処理は    しないでそれなの? へえ~」
「なんかあの子に似てない? 一年の佐伯」
「聖のお兄さんもともと美形だもんねえ」
「お兄さん、素敵です!」
 なぜか部屋の前に列を作っていた女子寮の住人たちが、口々に言い合っている。
 一応褒められてはいるのだろうが    俺にとっては屈辱以外の何物でも無い。
 と、そこで何者かの手が、俺の履くスカートのすそに伸びていた。
「うわ止めろなにすんだ、スカートをまくり上げてくるな!」
「良いではないか良いではないか」
 とかなんとか言って来たのは金髪の生徒会長、宝生綺羅だった。
「てめえ綺羅、ぶっとばすぞ!」
「おいおい、乱暴な言葉遣いは止めないか、君はいま女子なのだから。どれ下着はどんなものを着けているんだい。もしかして女物でも    
「だから止めんかこの変態!」
 覗き込もうとして来る綺羅に、スカートを必死で抑える。
 顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
 なんというか、こんな自分の姿はもしかして恥じらう乙女に見えるんじゃないかと思うと泣きたくなってきた。
「そう毛嫌いする事もあるまい。異性装とは神性なものなのだよ、神話の英雄たちも結構女装しているものだ。たとえば海神スサノオさまや征神ヤマトタケルさまなんかも、海外だと英雄アキレウスも女装している。女装は英雄への第一歩だ」
「んな言葉で誤魔化されるか!」
 なんとかスカートは守りきったものの、そんな俺を見る周りの女生徒の視線は、これまでの敵意とは打って変わっている。
 だがそのどこか熱意を帯びたぬらつくような眼は、正直敵意よりもよっぽど堪える。
     一刻でも早く、この状態を何とかしなければならない。
 俺はなんとしてでも今回の作戦を成功させる事を、心に誓うのだった。



 星宮学園女子寮は、守られるようにして林に周りを囲まれている。
 実際にその林には強力な結界が張られ、寮を守っていたのだ    この前までは。
 俺は女子寮の、一部破壊されて応急修理のされている塀のそばで、その林を前にたたずんでいた。俺の周りには数名の女子が、手に手に武器を携えて立っている。
 覗き対策には物騒すぎると俺は思ったのだが、女子の意見は違うらしい。
 いわく覗きなどと言う卑劣な行いは、万死に値するそうだ。
 俺たちの背後にある塀の向こうでは、いま三年生が入浴中で、彼女たちのきゃっきゃとした声が、こちらまで響いて来る。
 それはまあ別にいいのだが、ただ    
「あの男の子……八雲くんだっけ、ほんとかわいかったね~」
「好みだわさああいう子」
「今度遊びに誘ってみよっか」
「でもあの子、いろいろ噂されてるよ。なんでも神務省の退魔官とか」
「別にいいじゃん、むしろ将来安泰じゃん」
「彼は私が君たちよりもずっと先に眼をつけたのだよ……色々とね」
「きゃあっ、綺羅ってばそうなの?」
 なんというか、俺の事を話題にするのは止めてほしい。
 俺がここにいるのは分かっているだろうに。
「……不埒な事を考えないように」
 俺のそばに立っていた女子の一人がそう言った。
 巨大な剣を背負った彼女は、俺の監視のためにここにいる。一年生であり、そして俺の事を強く疑っている寮生の一人だ。さらに彼女は一年生ながら生徒会執行部の一員でもある。優秀この上ない、一年生のエース格だった。
「まったく……会長は何を考えてあなたなどをここに……」
 と、彼女は俺を睨んだまま不満げに漏らす。
 以前に生徒会室で俺が挑発したこともあり、彼女は俺を敵視していた。
 ちなみに入浴と、その警護の持ち回りは学年順で行われている。
 今は三年生が入浴中のため、ここにいるのは一年生だ。
 もちろん警護は他の場所でも行われていて、女子寮の周辺や林の中にも彼女たちの警護は及んでいる。
 そしてこの一年生は、明らかに俺を疑いの目で見ていた。
 そんな様子に苦笑しながらふと夜空に目を向けると、輝く星々と月が、俺を照らしている。それをなんとはなしに眺めていると    がさりとどこかで音がして周りの女子たちが、一斉に武器を構えた。
 ……どうやら林内の警護は突破されたようだな。
 林の向こうから何者かの人影が一つ、姿を現していた。
「それ以上こちらに近づくな。近づけば    斬る!」
 背中の剣の柄に手をかけて、あの一年生がそう告げる。
 その闘気は横にいる俺でさえも息を呑むほどのものだったが、しかし林にいるやつは一切かまうことなく    俺たちに向って駆けだす。
 林の中から出てきて月明かりに照らされることによって、その姿がはっきりと視認できるようになった。
 それは    金髪を箒のように逆立てた外国人。
 その両肩には星条旗のタトゥー。
 聖が証言した覗き犯の容姿とそっくりの、某ゲームキャラだ。
「ほ、ほんとにいた!?」
 と一年女子たちが騒ぐ中で、巨大な剣を背負った彼女がざっと一歩前に出る。
    忠告はしたぞっ!」
 そんな声と共に、それに向って剣を振り落した。ズドンッ、という重い音と共に、それは脳天から真っ二つになる    が、しかし。
 一瞬で、侵入者の体が黒い粒子に変わったかと思うと、また別の場所で収束し、まったく変わらない姿を見せる。
「くっ    式神かなにかか?」
 不可解そうに眉をひそめる大剣の一年生。
「物理的な攻撃は、あんまり意味無いようだな」
 俺が話しかけると、彼女はきっと俺を睨んだが文句は言ってこない。
 そこで    
「ちょ、ちょっと!」
 別の一年女子が焦った声をあげた、その視線は林の方に向いている。
 そこには先ほどと同じように人影があった。
 ただ    林の向こうから現れたそれは二十体以上。
 全員が全員、さきほどの金髪男の姿をしている。
「なんだこれは!? なぜこんな……」
「分からないが、さすがに大げさすぎる    これ、本当に覗き犯なのか?」
 俺の言葉に、大剣の少女がいぶかしむ視線を向けてくる。
「どういう意味だ?」
「別の目的があって、ここに来たんじゃないかって事だ」
「別の目的って……」
「あるだろう    いま、この街で騒ぎになっている事件が」
 今この街、星宮市では住民が次々に襲われて、霊力を奪われる事件が発生している。俺や、あるいはこの学園の生徒会も、その犯人を追っていた。
 俺の言葉に、はっと一年生たちは顔を引き締める。
「それだと俺の妹がピンポイントで狙われた理由も見当がつく    あいつは蒼眼もちだからな」
 蒼眼とは、持って生まれた霊力が常人を凌駕するほど高い者の証だ。
「だが聞いた話では、それは触手の化け物だったはず」
「別に与える役目によって式神の外見を変えるのは、それほどおかしな話じゃないだろ」
「じゃあ、こいつら……」
「ああ、今回の事件の犯人が、襲ってきている可能性がある……あくまでも可能性だけどな」
 一年生たちの間で、緊張が走る。彼女たちも、まさか単なる覗き犯がいま街を騒がせる事件に結びつくとは、考えていなかったのだろう。
「まあいい……ここは俺に任せろ」
 そう言いつつ、俺は腰に下げていた太刀を引き抜くと霊刀は月明かりを受けて、刃を煌めかせる。
    天剣」
 誰かがそう呟く中で    俺は太刀を正眼に構えた。



 ヒュカッ    と。
 刃が夜を切り裂く音。
 俺が太刀を振るうと、袈裟がけに斬られた金髪男が黒い粒子となり霧散する。
     この世の全てを斬る剣、天剣。
 この学園では俺の太刀について、そんな噂が流れていた。
 太刀を振るうたびに、二十人はいる金髪男たちは次々に消し飛んでいく。
 そしてそれは一年生の大剣の時とは違って復活するようなことは無く、ただ空気中に消えて行った。
 そんな俺とこの太刀の姿は、後ろの一年生たちにはまさに噂通りに見えただろう。
 注目が集まる中で、俺は太刀を振るい続ける。まくれあがるスカートが若干気になってしまうが、まあいい。
 やがて二十体全てを難なく切り払い、俺は静かになったあたりに視線を向け     
    ほう」
 後ろを振り返れば会長の綺羅が立っていた。
 バスタオル一枚を体に巻きつけただけの姿で、仁王立ちしている。
「か、会長! そのような姿で!」
 一年生が騒ぐが、綺羅は気にした風も無く俺を見ている。
「騒がしいので駆けつけてみたが、まさかもう片付いているとはね」
「まあこれくらいはな」
 極力綺羅の方向は見ずに返事をする……いやほら、健全な男子高校生としては見たくないわけでは無いけれど、周りの女子の眼というのもあるしね。
「さすがは    神務省の退魔官と言ったところか」
 その言葉には、ただ肩を竦めるだけで答えて太刀を鞘に納める。
 俺の正体は生徒会の人間にはすでに伝えてあるし、すでに学園で噂されている事ではあるが堂々と喧伝する事でも無い。
「しかし肝心の犯人は、捕まえられなかったようだな」
「仕方ない、やつらはたぶん斥候だった」
「斥候?」
「昨日、一体がここに来たが大した情報は得られずに逃げた。そして今度はこれだけの数を引き連れてやってきた    強行偵察ってやつなんじゃないか?」
「ふむ……」
 俺の言葉に、後ろで綺羅とあの大剣を持った一年生    生徒会の二人が話し込む。
「この学園が狙われている可能性があるという事か……いや、犯人は学園内部の人間と言う可能性も」
「やはり会長の言うとおり、執行部の街への派遣は見送るべきですね」
「そうなると副会長とはますます対立するが、仕方ないか」
 そんな綺羅に対して、俺は背を向けたままで尋ねる。
「で、どうだ? これで俺の疑いは晴れたんじゃないか?」
「いやそれは    
「ああ、確かにその通りだな」
 何かを言おうとした一年を遮って、綺羅がはっきりとした声で言った。それは俺では無く、周りに宣言するような様子だった。
「今回の覗きの犯人がいま街で起きている事件の犯人    とは断定は出来ないが。少なくとも、伊勢聖くんの証言に虚偽は無かった。よって君への疑惑も晴れた」
「ですが、会長」
「これは私が決定したことだ」
「……了解しました」
 ずいぶんと強引ではあるが、綺羅は皆を納得させた。
 それほどにこの女子寮においては、彼女は信頼されているのだろう。
 警護中に俺の疑いを払拭する証拠があがれば、責任をもって周りを説得するという言葉にも嘘は無いようだ。
「じゃあ、俺はもうこれでお役御免でいいよな。さすがに相手も、もうこれ以上襲撃は駆けてこないだろうし」
 言いながら、さっさと女子寮の入り口に向かって歩いていく。
「どうした、そう急ぐことも無いだろう?」
「……一刻も早くこの格好を止めたいんだよ!」
「え~もったいな~い!」
「ぶーぶー!」
 そんな風に騒ぐ女子たちを後にして、俺は自身の控え室という扱いになっている女子寮の聖の部屋へと向かうのだった。


    どうやら上手くいったみたいだね」
 部屋へと入ると、聖のベッドの上で丸くなってクロが俺を待っていた。
 聖はここにはいない、彼女はまだ他の一年生たちとあたりを警備している。
「ああ、綺羅が周りを説得してくれたからな」
「ふうん、まあいいや    じゃ、これで作戦完了って事で」
「助かったよ。ありがとう」
「これくらいなら別にいいさ」
 今回の作戦。
 つまりは    覗き犯をでっちあげる作戦である。
 女子寮の人間たちが捕まえようとしていた覗き犯とは何を隠そう、この俺だ。
 女子寮の一部の女子たちが抱いていたという疑い    俺が覗き犯で、聖がそれをかばったというのはそのままズバリ。
 もちろんそれはわざとでは無く不可抗力であり、聖もそれを認めて許してくれた。
 怪しい黒ずくめとの戦闘中に、吹き飛ばされて塀をぶち破ってしまったのだ。
 だからこそ、彼女は俺をかばってくれた。
 そして先ほど俺が蹴散らした金髪たちは、実はこのクロが呪術で生み出したものである。先に作戦を伝えてスタンバイしてもらっていたのだ。
「けど別にこれで問題が解決したわけじゃないからね」
「分かってるよ、あの黒ずくめの正体も分かってないしな」
 あれが何者なのか    事件の犯人であるのかは分からない、とにかく捕まえてみなければならないだろう。
 それにそもそも俺の目的は、この街で起こるだろうという災厄を防ぐ事、一件落着と気を抜いてはいられない。
 そう改めて気を引き締めて、女子の制服から男子のものに着替えるために、忌々しい女子の制服を脱いで下着だけになる。
 もちろん下着は女物では無く、男物のボクサーパンツだ。
 ちゃんと男である自分の姿を、ちょっと姿見で確認してしまう。鍛えているので、引き締まった筋肉の、間違いなく男の体だ。
 ああ、やっと女装から解放された、と安堵した    そこで部屋の扉が開いた。
「あ、お兄さ……ん……」
 着替え途中の俺と、聖の眼が合う。
 そのまま二人で数秒間かたまった。
 なんというか……こういう状況って漫画とかでよく見るけど、普通立場が逆じゃないか?
 そして    
「ひ、ひゃあああああっ!」
 顔を真っ赤にして、そぐわぬ悲鳴をあげる。
 自分の裸を見られた時は冷静に対処した聖だったが    どうやら自分が男の裸を見るときは動転してしまうようだ。
「どうした!」
「また覗き犯か!?」
「悲鳴は二階からだ。三班は玄関を固めろ、二班は北階段、一班は南階段から突入! 四班は窓から逃げられないように裏にまわれ!」
 どたどたと近づいてくる女子たちの足音を聞きながら、ため息をついた俺はさっさと着替えを済ませるのだった。

事件の現場を確認したい人は1巻を見てね!