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王族に転生したから暴力を使ってでも専制政治を守り抜く!

著:井戸正善  イラスト:拝一樹

『暴力を使ってでも』

「まもなく戴冠から1年が経ちます。節目を迎えるにあたりまして、何かしら大きな式典が必要でしょう。ヴェルナー様を支えているのは、どちらかといえば貴族たちよりも平民たちからの人気ですから、そのあたりを強化すべきかと思いますので、貴族たちを集めるパーティーの開催は必要ですが、他にパレードなどで民衆に姿をお見せになられ、お声かけをなさるとよろしいでしょう」

 と話すオットーから出し抜けに戴冠1周年記念式典の案が出された。
その書類を見ながら、ヴェルナーは口をへの字に曲げて「必要ないんじゃないか?」と一言で返した。
「10年20年治世が続いているならまだしも、たった1年くらい大してめでたくもないだろうに」

 ところが、オットーは退かない。
「おめでたいからやるだけではありません。貴族に対しては呼びつけて金を使わせ、改めて忠誠を誓わせる。そして民衆に対しては、陛下の存在を逐一アピールすることで良き市民には安心を、唾棄すべき連中にはプレッシャーを与えるのです」
 ついでに言えば、そういった大規模なイベントは王都の商売人たちにとって稼ぎ時でもあり、味方を増やす機会でもある。

「そういうもんかね」
「そういうものです」
 オットーが話すことを、ヴェルナーは疑わない。
 疑問は遠慮なく聞き、互いに秘密を持たないのが二人の間柄だった。ヴェルナーが異世界からの転生者であることも承知しているオットーを信頼し、オットーは忠誠で応える。

 ヴェルナーは婚約者のマーガレットや、他の幾人かに対しても同様の関係を築きたいと思ってはいるが、まだそこまで踏み込めてはいなかった。
 信用していないわけではない。
 逆に、転生者であるという自分の特殊さを知ることで余計な苦労を負わせてしまうのではないか、と思ってしまうのだ。

「そうだ。貴族連中のパーティーはさて置き、民衆へのアピールなら良い方法があるぞ」
 アイデアを思いついたヴェルナーは、丁度手元で決裁待ちとなっていた一枚の書類を摘まみ上げ、にやりと笑った。
「これは……」
「相手にするには、“丁度いい”と思わないか?」

 ヴェルナーの狙いに気付いたオットーは、小さくため息を吐いた。
「ほどほどにお願いしますよ。町の修理代も馬鹿になりませんから」
「わかってるよ」
 二人の会話から、ヴェルナー・ラングミュア戴冠1周年記念式典の開催準備が始まった。
 貴族たちを迎えてのごくありきたりなパーティーと、この世界で、この国ではヴェルナーにしかできない、彼にしか許されない民衆へのアピールイベントの。



「ふぅ、ふぅ……!」
ラングミュア王都の路地裏、ウラガンという名の男が息を切らせて走っている。正確には、逃げまどっている。
薄い布程度なら指先で触れるだけで引き裂くという魔法を操り、一応は騎士階級ということもあって、裏稼業界隈では“剃刀騎士”などと呼ばれているが、所詮は魔法を使い依頼を受けた窃盗や殺人を繰り返している小悪党に過ぎない。

 前年に戴冠したばかりの国王が何かの発表を行うとして、貴族だけでなく平民たちも王都へと多く集まっている今日は、隠れ家でひっそりと息をひそめていた。
 人が増えるとスリなどコソ泥には稼ぎ時だが、騎士や兵士がウロウロとしている状況はウラガンのような悪党にとって少々居心地が悪い。
 逆に言えば、こういう時にわざわざ兵士は捜査などやらないので、家でゆっくり寝て過ごすつもりだったのだ。

 だが、不意に踏み込まれた。
 予想外のタイミングに対してもそうだが、隠れ家が知られていたことにも驚いた。裏社会で敵対した相手にも見つかったためしがない。
 普段から身に着けている武器だけを持って隠れ家を飛び出したのだが、どうにも気持ちの悪い存在を感じていた。

「いたぞ!」
 人通りが絶えているはずの路地を選んでいるのに、行く先々に兵士たちがいるのだから、先ほどから休まず走り続けている。
「ちっ! 一体どうなってやがる! このままだと……」
 走り続けるうちに、自分が誘導されていることに否応なしに気付かされる。頭の中には王都の地図がしっかり入っているのだ。間違えるはずもない。

「何が起きているんだよ。何が目的だよ!」
 吐き捨てるように言った直後、目の前に立ちふさがる人物が三人。
「……兵士、じゃねぇな。騎士か」
 ナイフを構え、ウラガンが問う。
 これが凡庸な兵士程度なら斬りつけて追い払うくらいは可能だったかも知れないが、訓練された騎士となると分が悪い。

「しかも二人は女かよ」
 女性で騎士として前線に出ている時点で、魔法使いの可能性が高く、そうでなくても腕が立つ相手なのは間違いない。
 今まで避けてきた兵士を相手に怪我を負ったとしても、戦って切り抜けて無理やりにでも逃げてしまえばよかったとウラガンは歯噛みした。

 彼の目の前に立つ三人は、ヴェルナーの晴れの舞台を“演出”するため、特別に配置されていた騎士と訓練生だ。
 一人はミリカンであり、武装こそしているものの、二人の女性騎士訓練生であるイレーヌとアシュリンを補佐するためにここにいる。
 あくまで彼女たちの実地訓練を兼ねてのことであり、そのため、戦うのは彼女たちだ。

「光栄に思うことね。このあたしの踏み台になれるのだから」
「イレーヌ、油断は禁物。それに自分たちの仕事を勘違いしていないか?」
「あら、大丈夫よ」
 妖艶な笑みと共に、イレーヌは腰に下げたシンプルだが美しく白銀の光を放つサーベルを抜いた。
 その隣では、アシュリンが小柄な身体に似合わぬ巨大な槍を構えている。

「そら、踊りなさい!」
 掛け声と共に、サーベルの切っ先が自分へと向いたことに気付いたウラガンは、背筋を奔る悪寒に従って、その場を飛び退った。
 その足元に、小さな雷撃がヒットする。
「雷の魔法! マジかよ!」
 しかし、驚いている暇は無かった。

「ぬおおおお!」
「うっ!?」
 大声を上げて迫りくるアシュリンの槍。
 小柄な体躯で大槍を持っているというのに、その速度は全力の成人男性と変わらず、突きの速度に至っては、ウラガンが見てきた誰よりも鋭い。

 躱せたのは幸運だった、と彼は考えていたが、実はアシュリンの攻撃は手加減されている。
 ウラガンを誘導するという目的の為に。
「なあ、俺はこれでも貴族なんだ。お前らと同じ騎士なんだよ」
「だから?」

 左右を囲まれたウラガンの言葉に、イレーヌはつまらなそうな返事を返した。
「俺も王国の一員ってわけだ。わけもわからず追いかけられて、思わず逃げちまった。同じ騎士のよしみで、今回は見逃してくれないか」
「ふぅん?」
「戯言だ、イレーヌ。聞く必要はない」

 楽しげに笑みを見せたイレーヌと違い、アシュリンは兜の中からくぐもった声で注意する。
「確かに、聞く必要はないわね。あなたがどれだけ王国の名を汚しているか、あたしたちが知らないとでも?」
「ち、若造め……だが、よく考えてみろよ。俺がやったことなんて、大したことじゃないだろう?」

 金を握らせてどうこうできる相手ではないと知ると、ウラガンは無謀にも説得を試みた。
 ひょっとすると、まだ若い二人なら、特にアシュリン相手であれば、情に訴えて隙を作る程度のことはできるかも知れない。
「そりゃあ、俺は騎士としては最底辺かも知れないが、もっと悪い奴がいるじゃないか」
 
「今の国王を考えてみろよ。親父と兄貴を殺して国を奪ったやつだぞ。それも十代になってすぐだ。あれに比べたら……」
 話している途中で、空気が冷え切っていることにウラガンは気付いた。
ウラガンは、不幸なことに説得のための材料に関して、選択を間違えてしまった。
「……なんだ?」
 殺意を放つ二人の訓練生の視線を受けて、彼はさらに虎の尾を踏む。

「ふん、王のシンパ、か。それとも愛妾候補なのか知らないが、俺が民衆を殺すことと、あの王が父親を殺したことと比べてみろよ。俺が盗んだ物なんて、あの王が盗んだ玉座に比べれば……」
「負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ」
「なんだと?」

 イレーヌが前に出ると、アシュリンも同時に動く。
「ヴェルナー様と自分のスケールの違いに気づかないのかしら?」
「正義は人の数だけあると教わった。だが、自分はヴェルナー様の正義を信じている」
 それぞれにヴェルナーに対する信頼と評価があるようだが、それが個人崇拝になることを、後ろで聞いていたミリカンは少し危惧していた。

 だが、ヴェルナーも含めて彼女たちは未来を創る者たちだ。ミリカンは自身を教育者であり王国のまとめ役の一人であることを自認してはいるが、彼女たちがどう考え、どう行動するかについて、あまりうるさく言うつもりもなかった。
「それにしても。騒々しい時代が始まったものだ」
 前代未聞の、王を爆殺しての王位簒奪。そして戦闘に特化した魔法の才能の持ち主が同世代に集中していること。

「強大な王と強力な騎士。王国の繁栄へとつながるか、それとも……」
 ミリカンが考えている間に、二人の騎士訓練生に追い立てられたウラガンは、予定通りの方向へと逃げて行った。そこでは、彼の為の“舞台”が待ち受けている。
「さて……イレーヌ・デュワー! こっちへ来なさい!」
 肩を震わせてミリカンの怒声に反応したイレーヌは、サーベルを納めて恐る恐ると近付いてくる。

「先ほどの雷撃についてだが」
「あ、当ててませんよ? 予定通り、ウラガンは無傷で誘導しましたし」
 何が不味かったかに思い当たったイレーヌは、慌てて弁解を並べた。だが、同級生は味方してくれない。
「でも、彼が避けてなかったら当たっていた」

「命令は“ウラガンを追い込む”ことだ。今回の目的が奴を舞台に引き出すことだと知っていただろう。ただ敵を倒せばよいというものではない。これはどうも、デュワー候補生には少し“補講”が必要なようだ」
「そんなぁ」
 ミリカンの補講は訓練校では有名だった。対面に座りひたすら彼の話を聞かされるのだが、これがマンツーマンで数時間続くのだから、精神が疲弊するのだ。

「我々は帰投する。あとはヴェルナー陛下が仕上げをやってくださる」
 訓練校へ戻ると宣言したミリカンに続き、アシュリンはイレーヌを引き摺って従う。
「諦めろ。今回はイレーヌが悪い」
「こんな、血の一滴も見ないで終わる任務なんて……」
 その間に、ウラガンは誘導されていると理解しつつも、ある場所へと駆け込む羽目になっていた。

「ようこそ、ウラガン君」
 そこは、衆人環視の舞台上。
 ヴェルナー・ラングミュア本人が出迎える、彼の戴冠1周年記念行事の場所だった。
「……国王……」
「その通り。君たちが住まうラングミュア王国の王であり、騎士である君の雇い主でもある。……もっとも、碌に王国の為の仕事はやっていないようだが」

 ウラガンの手にはナイフが握られており、一見すれば式典の最中に暴徒が乱入したようにしか見えない。
 集まっていた聴衆はざわめき、悲鳴を上げている女性もいる。
 だが、ヴェルナーは動じていない。
 そして真っ先に身を挺して飛び出さねばならぬはずの騎士たちも、剣の柄に手をかけてこそいるが、壇上後方から踏み出そうとはしていなかった。

 全ては、ヴェルナーが仕組んだ通りに動いている。
「申し訳ないが、悪役として舞台に上がってもらった」
「そうやって、下の人間を使うあたりは、前の王と変わっていないな」
「言うね」
 楽しそうに笑ったヴェルナーは、ウラガンと同様、ナイフを構えた。

「その通り。俺はこの地で王として君臨する。王として臣下に命令を下し、また民衆を支配するために力を振るう。こんなふうにな」
 ナイフを左手に持ちかえたヴェルナーが指を弾くと、王都内のあちこちで爆発音が響いた。
 他にいる民衆同様に舞台上のウラガンが目を向けると、数箇所で黒煙が上がっており、近くでは炎上しているらしき赤い炎の舌先が見えた。

「聞け! 我が王国の者たちよ!」
 ヴェルナーは芝居がかった大げさな動きで、目の前にいる国民たちへと声をかける。
 それは十代前半とは思えない程に威厳に満ちた所作であり、大衆の耳目を集めて尚、揺らぐことのない信念を見せつけているようだった。
「俺は暴力によってこの地位を得た! それは認めよう。そして、暴力をもって治めることを宣言する!」

 驚く人々に向けて、ヴェルナーは笑顔を崩さない。
「だが、善良なる市民と、善良でなくとも害悪でない市民は安心して欲しい。俺の暴力が誰に向けられるかと言えば、我が国を害する者のみである!」
 そう、例えば舞台上にいるウラガンのことだ。
「この者は王国騎士の血族でありながら、民衆を殺し、金を奪った。貴族といえど、俺はこういう連中を殺すことをためらわない」

「畜生が! やれるもんならやってみろ!」
 民衆が近くに迫っているうえ、他の騎士たちもいる壇上で爆発の魔法は使えないだろうと判断したウラガンは、目の前にいる王を押さえつけて人質にすれば、この状況から脱することができるだろうと考えたらしい。
 そんな浅はかな考えを読み取ったヴェルナーは、ひらひらとナイフを揺らして挑発する。

「俺が使う暴力は、何も魔法だけじゃない」
「ぬかせ!」
 長年愛用している武器を使ってのウラガンの突きは鋭い。
 しかし、“前世から近接格闘を訓練していた”ヴェルナーが見れば、児戯に等しい。

「くそっ、なんだそりゃ!」

 左手を添えるような格好でヴェルナーが突きを逸らすと、ウラガンは声を上げて驚いた。
 しかし呆然としている暇はない。
 素早く右手を引き、重ねて突きを放つ体勢を作る。
「それが良くない。攻撃は構えに戻るまでが一番危険なんだよ」
 ナイフを逸らしたヴェルナーの左手が、そのままウラガンの右手を押さえ、胸へと押し当てる。一瞬だが、ナイフによる攻撃を封じる形になった。

 ここで自分を傷つけてでも上下左右にナイフを滑らせて逃れれば、まだウラガンにも勝ち目はあったかも知れない。あるいは、魔法を使って押さえられている手を切りつければ。
 だが、彼はヴェルナーの想定通りに、まず距離を取って圧迫を逃れようと試みた。
「……なっ!?」
 後ろへと下がろうとするウラガンの足はヴェルナーのつま先で止められ、そのまま仰向けに倒れる羽目になる。

 ナイフを握った手は踏みつけられ、ウラガンの喉には鋭い切っ先が迫る。
「頼む。いや、お願いします。命だけは……」
「駄目だね。俺は先の宣言通り、俺の王国を暴力を使ってでも守り抜くと決めたんだ。お前には、民衆へそれを証明するための人柱となってもらう」
 先ほど爆破したのは、彼とつながる組織の拠点だった。それも広報し、王国への信頼と王への畏怖を広めるのだ。

 兵士の突入もイレーヌら騎士訓練生による誘導も、全てはこの舞台でヴェルナーの意思を広く知らしめるため。
 ウラガンは、その生贄となる。
「良かったな。お前の名前は、歴史に残るだろう」
「そんな……」

 胸骨の隙間をするりと抜けるよう、正確に突きいれられたヴェルナーのナイフは、ウラガンの心臓を間違いなく貫いた。
 一瞬だけ痙攣した彼の身体は、すぐに硬直した。
「善良なる王国の臣民諸君! 俺の暴力でお前たちを守る! これがラングミュア王国国王としての新たな宣言だ!」

 騎士たちが拍手を始めると、呆然としていた民衆たちの中でも手を打ち、歓声を上げる者が目立ち始め、いつしかヴェルナーへと大きな歓呼の声が飛んでくるようになった。
「さて、オットー」
 手を上げて民衆の声に応えながら、ヴェルナーは近くにいたオットーを呼んだ。
「幾人か、俺を睨みつけているな」

「はい。私服で民衆に交ざっている数名の騎士がおりますので、彼らに追わせます」
「任せた」
 半端ではいけない。敵は徹底的に探し、始末する。
「人々にとって、そして俺たちにとってより良い王国を作ろうじゃないか。なあ、オットー」
「御意」

 少年王ヴェルナーの暴力による統治は、まだまだ続くのだった。

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