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廃ゲーマーな妹とはじめるVRMMO生活

著:鈴森 一 イラスト:HMK84

俺たちが願うこと

「あれが今回のクエスト対象のエルクだよ、お兄ちゃん」
「……でかいな」

 妹のハルカが指でさした先にいたのは、体長3メートルほどのシカだった。大きな角も特徴的な形をしていて、とにかく迫力がある。

 さすがファンタジーなゲーム世界だなぁと思っていたら、どうやら現実でも海外の寒い地域にはこのサイズのヘラジカが普通にいるらしい。

 今回はあのエルクというモンスターを討伐するクエストを攻略するために、俺、ハルカ、マコト、キリカといういつもの4人でパーティーを組んでいた。

「エルクはボスじゃないけど見た目どおり強さはかなりのものだから、事故を起こさないように気を引き締めていきましょう」

 金属の鎧に身を包んだタンク役のキリカは、そんな風に注意を促す。

 エルクは基本的にリンクを形成しない単体のモンスターだが、近くに他のエルクも生息しているので、運が悪いと戦闘中に別のエルクが乱入してくることもある。

 そういう理由もあって、今回は少し離れた場所に一体ずつおびき寄せて戦う安全策を取ることになった。

 そうして一旦全員でエルクから距離を取る。大体40メートルくらい離れたけど、それでも巨大なエルクには異様な存在感があった。

「それじゃあ釣るのはチトセさんに任せていいですか?」
「そうだな、やってみるよ」

 ローブを着た魔法使いのマコトにそう言われたので、エルクをおびき寄せる――つまり「釣る」役割は俺が担当することにした。

 それは本来だと遠距離攻撃が出来る職業のマコトがやることになる役割らしいが、マコトが最初の攻撃を入れると、エルクはマコトを一番の脅威だと認識してまっすぐに防御力が低いマコトを狙いに来てしまう。

 もちろんその間にキリカがマコトからターゲットを剥がせば問題ないのだけど、今の装備的にも一撃の攻撃力が高いマコトからターゲットを剥がせないことがごくまれに起こり得る。

 一応それでも【ウォークライ】という敵の注目を集めるアビリティはあるのだけど、これは5分に一回しか使えないこともあって、今回みたいな何体も連続してモンスターを狩りたいときにはあまり当てにしたくない。

 その点俺が釣る分にはキリカも簡単にターゲットを剥がせるし、もし仮に失敗しても槍術士の俺にはそこそこの防御力と高い素早さがあるので事故は起きにくい。

「じゃあまずはあれにしようか」

 俺は狙うエルクをみんなに伝えてから、拾った石を投げる。

 普通なら近接職である槍術士にはエルクを釣る手段がないのだけれど、俺には【投擲】スキルがあるので、40メートルほど離れた場所にいるエルクにも攻撃することが出来たりする。

 ちなみにこの距離はキャッチャーから二塁までの距離より少し長い程度なので、あれだけ大きいエルクに当てることはそんなに難しくない。

 まあ正直なところ石を投げても威力は大したことないが、今回は威力が低いからこそキリカが簡単にターゲットを剥がせるというメリットに繋がった。

 もちろんこれはハルカたちが教えてくれたことだ。威力が低いという短所も、工夫次第で生かせる場面があるというのは面白いと思う。

「エルクはノックバック効果のある攻撃が多いから、キリカが飛ばされたらお兄ちゃんも一旦距離を取ってね。じゃないとお兄ちゃんが狙われるから」
「ああ、分かった」

 ハルカから簡単に注意点を教わりながら、俺は戦闘に臨んだ。みんなでこうして連携しながら敵と戦うことはやっぱり楽しい。

 戦闘ではエルクの突進や角で突き上げる攻撃で、キリカが何度も空中に吹っ飛ばされながらも、しっかりと体勢を整えて着地していたのが印象的だった。

 そうしてまたすぐにエルクに向かって行くのは、そうすることで少しでも俺の攻撃機会を増やそうという考えなのだろう。

 俺も戦闘に慣れてきたのか、だんだんと他人の動きに目を向ける余裕も生まれてきて、色々と発見があった。

・エルクの討伐数 5/5

 そうこうしているうちに、俺たちはクエストで依頼されていたエルクの討伐数を達成する。

「思ったより早く終わったわね」
「そうだねー。前衛2人の動きに無駄がなかったし、釣ってすぐにキリカがターゲットを剥がせたから、マコトも即座に攻撃に参加出来たのが大きいかな」

 キリカとハルカがそんな風に戦闘の感想を言い合う。初心者の俺にはよく分からないけど、どうやら想定よりいいペースでクエストを終えられたようだ。

 そうしてクエストの完了報告のために街へと帰る途中に四人で雑談していると、ふとハルカが俺に話を振った。

「そういえばお兄ちゃんって、家を出てから1年以上経つけどさ」
「ああ」
「普段の生活ってどんな感じだったの?」
「どんな感じって言われてもな……朝起きて、野球の練習して、授業受けて、野球の練習して、夜寝ての繰り返しだよ」

 俺は野球留学という形で県外の高校で寮生活を送っているので、怪我で野球をやめるまでは毎日野球漬けの生活だった。

「……野球以外は?」
「野球以外? そうだな…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………え、何もないの?」
「まあ、それだけで充分楽しかったし」
「でもチトセって一年生からエースピッチャーだったなら、かなりモテたでしょ? 彼女とかはいないの?」
「いないって。というか別にモテたりもしないし」

 実際のところ世間で言われているほど、運動部だからとかエースだからとかでモテるということはない気がする。

 確かにベンチ入りしている先輩たちの多くは彼女がいたけど、俺と同級生で彼女がいた人間はそこまで多くなかったはずだ。

 そういえば「応援してる」と俺に声をかけてくれた女子生徒は結構いたけど、といってもあれはおそらく俺の活躍が勝敗に直結する野球部全体の話だし、仮に俺個人のことであっても応援と恋愛は別の話だろう。

「そうなの、ハルカ?」
「さあ……お兄ちゃんがそう思ってるなら、そうなんじゃない?」
「ああ、そういうことね」
「え、今何か納得するところあったか?」

 俺はそう尋ねてみるが返事はない。彼女らはそういう連携も完璧だった。

「というか、そういうハルカのこの一年の生活はどうだったんだ?」
「私? もちろん毎日が夢と冒険に満ち溢れた日々だったよ」
「……つまりゲーム漬けだったと」
「あはは、バレたか……あっ、でも私とマコトは高校生になったよ?」
「ああ、それは確かに大きい変化だな」

 進級すればクラス替えだってあるし、一年という時間は充分に学生にとって大きな変化を与える。それが中学から高校への進学となればなおさらだ。

 ハルカは昔からクラス替えといったイベントに関しては興味なさげな雰囲気を装っていたけど、実際は結構ドキドキしていたように思う。マコトが同じクラスになったときは素直に喜んでいたし。

「それで高校生活はどうなんだ?」
「チトセ、何だか父親みたいね」

 キリカに軽くからかわれた。自分でも少しそんな気がしていたので苦笑いするしかない。

「んー、別に普通だよ。同じ中学の知り合いは少ないけど、進学校だけあって空気は緩くて居心地いいし」
「ん? 進学校って空気が緩いのか?」
「たぶんハルカは他人にあまり干渉してこないってことが言いたいんだと思います」

 俺がハルカと同じ高校に通っているマコトに尋ねると、思った以上にしっかりとした答えが返ってくる。確かにそう言われれば、何となく理解出来るような気がした。

ハルカは昔から外面が良いタイプで、中学時代はとにかく知り合いが多かった。

 しかし本来のハルカはものぐさな性格なので、内心ではそういう過剰な人付き合いを面倒くさく思っていたようだ。だからこそあまり他人に干渉してこない高校の空気がハルカには合っているのだと、そうマコトは言っていた。

 さすがはハルカの親友で良き理解者のマコトだ。

「というか実際のところ、半分はお兄ちゃんのせいだったんだけどね。地元じゃ有名人だったし」
「じゃあ残りの半分は?」
「それはもう、私がかわいくて気立てが良くて勉強も出来るから……って置いていかないでよ!」

 ハルカが自慢を始めたので、俺とマコトとキリカは完璧な連携でハルカを無視した。

「それじゃあマコトはこの一年どんな感じだった?」
「えっと、私はハルカと違って、勉強が難しくなって少し苦労してますね。まあ分からないところはハルカが教えてくれるから助かってますけど」
「だってマコトの成績が落ちたらゲーム出来る時間が減るかも知れないし、それは私も困るからね」
「ふふっ、全くハルカは素直じゃないわね」

 どうやらキリカはハルカの言葉を照れ隠しだと思ったようだ。

 ただ俺とマコトはそれがハルカの本心だと気付いていたので、苦笑いするしかなかった。

「キリカは?」

 すると、ふとハルカがキリカにも話を振った。

 現実のキリカのことをよく知らない俺からは少し話題を振りづらかったので、これはハルカからの助け船でもあるのだろう。

「私? そうね……といっても普通に大学の講義を受けたり、バイトしたり、遊んだりって感じで、特に変わったことはないかな? あ、そういえばちょっと前に二十歳になったからお酒が飲めるようになったわね」
「へぇ、お酒か」

 確かにそれは一年で大きく変わる部分だろう。

 ただ俺たちはキリカ以外全員未成年なので、お酒と言われてもあまりピンと来なかったりするのだけども。

「でもキリカちゃん、あまりお酒って飲まないよね?」
「まあね、自分から飲むことは全くないかな。たまに友達に飲みに誘われて付き合いで何杯か飲むくらい」
「そうなのか」
「だって、アルコール濃度が高いとゲームにログイン出来なくなっちゃうでしょ? まあ私はそんなに量を飲まないから大丈夫だとは思うけどね」

 そういえばVRゲーム機にはそういう仕様があったりするらしい。

 他にも極度の空腹とか睡眠不足とか、VRゲーム機が常時測定しているバイタルサインなどに異常があるとゲームプレイが出来なくなるという話だ。

「お酒よりゲーム優先なのは、さすがキリカだね」
「私は別にお酒が好きってわけでもないからね。それにハルカだって、私と同じ状況だったらそうするでしょ?」
「まあね」

 まだお酒を飲んだこともないのに、二十歳になる前からそう断言してしまうハルカだけど、凄くハルカらしくて納得してしまう。

 ハルカはそれだけ自分が好きなものを、確固たるものとしてすでに確立しているのだ。

 すると同じことを思ったのか、マコトが俺に向けて口を開いた。

「ハルカらしいですね」
「そうだな。ちなみにマコトは二十歳になったらどうするんだ?」
「わ、私ですか? ……さすがにそんなに先のことまでは分からないです。その前に受験とかもあるし、ゲームをずっと続けているかも分かりませんから」
「ははは、確かに」

 たぶんマコトの答えが普通なのだろう。未来のことなんて、こうだと断言できる人間の方が珍しいはずだ。

 俺だってずっと野球をやっていくつもりだったけど、実際は怪我で野球を続けられなくなって、今はこうしてゲームを楽しんでいたりする。

 昔はハルカがゲームをしているのを見ても全く興味も湧かなかったし、自分がプレイすることは一生ないだろうとさえ思っていたのに、だ。

 そのゲームだって、いつまで続けられるのかは誰にも分からない話だった。

「でも今はこうしてハルカやキリカちゃん、それにチトセさんと一緒にゲームをするのが楽しいので、こんな日々が少しでも長く続けばいいなとは思っています」

 それがマコトの素直な気持ちなのだろう。

 それに関しては俺も同じ意見だったので、柄でもないけど少しだけ願ってみるのだった。

 一年でも長く、こんな日々が続きますように、と。

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