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アラフォー営業マン、異世界に起つ! ~女神パワーで人生二度目の成り上がり~

著:澄守 彩 イラスト:いちぢるし

1年の目標

 鬼瓦一家は家ごと異世界に転移した。
 いきなりの事態に困惑したものの、正蔵は現地での就職も決まり、2週間ほどで家族の気持ちも落ち着いてきた。
 
 夕食後、家族団らんのひと時。
 
「今年度の目標を、新たに設定し直してはどうだろうか?」

 正蔵は家族+α(派遣女神のエマリア)を集めて切り出した。
 
 鬼瓦家では4月頭、年度初めにその年度の目標を個々が定め、発表することにしている。

「すでに今年度の目標設定は終えているが、私たちを取り巻く環境は大きく変わってしまった。そこで改めて、と思ってね」

 正蔵はテーブルをぐるりと見回した。
 
「はいはい、はーい!」

 最初に元気よく手を挙げたのは次女の香菜だ。
 
「あたし、バック転ができるようになる!」

「いやそれ、前と変わってないじゃないの」と長女の優菜。

「たとえ環境が変わろうと、あたしの決意は揺るがないのさ」

 香菜は満面のドヤ顔で言ってのけた。
 
「前にも言ったが、専門の指導者についてもらわないと危険だ。日本なら体操教室にでも通えばいいが、こちらでとなると難しいな」

「パパ、大丈夫だよ。だってママがいるもん。女神様なんでしょ? 魔法使えるんでしょ?」

 キラキラと目を輝かせる香菜から視線を外し、妻シルビアを見やれば。
 
「そうですね。私が見ていますから、大丈夫だと思います。香菜ちゃん、練習したくなったら、必ずお母さんに声をかけてね?」

「うん! へへー、これであたしは決まりだね」

 香菜は得意げに胸をそらす。
 
「じゃあ、わたしも前と同じにしようかな」

 優菜の目標は1年で100冊の本を読むことだった。
 
「お父さん、通販も使えるし、電子書籍も買っていいんだよね?」

「ああ。一度にたくさんでなければ、私やお母さんに断らなくてもいい」

「うん。ありがとう」

 読書好きの優菜には嬉しい限り。
 続いてはシルビアが小さく手を挙げた。
 
「お母さんは、こっちの世界のお料理をがんばるわ。10……いえ、20品目を覚えようかしら」

 いいねー、と姉二人が拍手する。
 正蔵はうむとうなずき、妻の隣に座る三女の陽菜を見た。目を閉じ、腕を組み、真剣に考え中のようだ。そっとしておこう。
 
「私は……そうだな。仕事上の目標は決まっているが――」

 就職先の零細冒険者ギルドを1年以内に街一番にする。
 それはそれとして、プライベートでの目標をひとつ宣言しておきたい。
 
「せっかく見知らぬ土地に来たのだから、家族みんなで旅行に行きたいな」

 わーっと上姉妹が歓喜する中、エマリアが顔を青くする。
 
「あの、なるべくこの世界への干渉は避けていただければと……」

「すでに私は街で仕事をしているのに、今さらですな。旅先で問題を起こさなければよいでしょう?」

 エマリアは「ひっ」と怯えながらも、気丈に反論を試みようとした。
 が、それを遮る元気な声。
 
「きめたです!」

 陽菜がくわっと目を見開き、椅子の上に立った。

「ひなさまは、おともだちを、つくるです!」

 おおーっとどよめきが起こり、姉二人と母は拍手で讃える。
 
「いえあの、ですから現地の方々との交流は極力控えて、ですね……」

 小声で言ってはみたものの、誰一人として反応しない。もはや言うだけ無駄と肩を落とした。
 正蔵はエマリアの声を拾っていたが、あえて言及はしない。
 異国の地へ家族と共に赴任したと考えれば、そこで娘たちが友だちを作るのは自然なこと。たとえ限られた期間ではあっても、他者との密な触れ合いは重要だ。別れは辛いだろうが、そういった経験もまた、人生には必要な要素なのだから。

 しゅんとするエマリアに、正蔵が優しく声をかけた。
 
「エマリアさんは、何か目標はありませんか?」

「へ? わたくしも、ですか?」

「無理強いはしませんが、目標を定めて日々セルフチェックする習慣をつけると人生が潤いますよ」

 突然話を振られて困惑したものの、エマリアの中に大きな決意が現れた。
 胸を張り、高らかに宣言する。
 
「この1年、みなさまの安全をお守りするのがわたくしの目標です!」

「「それは間に合ってます」」

 チート夫婦の笑顔が痛かった。
 
「それよりも、予定の1年で元の世界へ戻れるよう、貴女にはお願いしたい」

「は、はい。善処します……」

 下っ端女神の自分では約束などできないので、曖昧に答えるにとどめた。
 
 それから、およそ半年――。
 
 
 
 
 
 正蔵は忙しい合間を縫って、休日に家族+αとキャンプにやってきた。
 渓谷を緩やかに流れる川に面した場所がキャンプ地だ。

 正蔵はテントを張る場所を探し回る。
 シルビアと子どもたち、エマリアは河原にいた。
 
「かなおねーさま、おさかな! おさかながはねたです!」

「いるね。大物が。よし、お昼ご飯のおかずに決定だね」

 腕まくりする香菜を、小さな陽菜は困ったように見上げた。
 
「たべるのですか……?」

「しょせんこの世は弱肉強食。あたしらの血肉になってもらうしかないんだよ」

「かわいそうです」

「前に海へ行ったとき、モコっちが取ってきた魚食べてたじゃん」

「たべるより、つかまえてそだてるです。たまごをうんで、いっぱいふえて、そしたらおなかいっぱいです」

「けっきょく食べるんじゃん……。でも、養殖か。陽菜っちは難しいことを知ってるなあ」

「ひなさまは、どちらかといえば、わしょくがすきです」

「いやそっちの洋食じゃなくて……とにかく! 捕まえるよ」

 香菜はギラリと川面に目をやった。
 
「どうやって、つかまえるですか?」

「今日は釣竿も網も持ってきてないし、水着もないからね。さっきみたく飛び跳ねたところを、あたしがキャッチするのさー」

 おおっ、と陽菜が目を輝かせる。
 
 二人して、待つこと5分。
 飽きっぽい下姉妹の我慢が限界に達したとき。
 
 ぴちょん。丸々太った川魚が水面から飛び出した。
 
「今だーっ!」

 香菜は猛ダッシュからの大ジャンプを敢行する。
 青空へ向け高々と飛び上がった小躯は、そのまま20メートルほど先の対岸に着地した。飛び跳ねた魚は、香菜がジャンプしたときにはすでに川に戻っている。
 
 対岸から舞い戻った香菜はがっくり肩を落とした。

「無理っす」

「かなおねーさまは、がんばったですよ」

 陽菜がぽんぽんと肩をたたき、香菜を励ます。
 微笑ましい姉妹のやり取りであるが、それに水を差したのは長女の呆れ声だった。
 
「あんたたち、こっちを手伝ってよ」

 優菜はエマリアと一緒にバーベキューコンロに炭を熾そうとしているところだ。
 
「まだ火が点かないの?」

「けっこう難しいのよ」

「エマリア先生の魔法でちょちょいとやればいいじゃん」

「いえその、わたくしはお気軽に魔法を使えない事情がありまして……」

「なら、ひなさまにおまかせですよ!」

 陽菜はコンロ内にある炭に手をかざした。
 
「あんどらーいんどらーうんどらーえんどらー……」

 最近読んだ絵本から得たうやむやな知識で妙な呪文らしきを口走り、
 
「ほいっ!」ぼわわぁっ!

 掛け声と同時。コンロに火柱が立ち昇る。

「ひゃあ!」「火事だ!」「ひえぇ!」

 騒然としたのは一瞬、火柱は瞬時に消え去り、程よい赤みを帯びた炭がコンロの中で何事もなく熱を発していた。
 
「な、なんかよくわかんないけど、陽菜っちすごいね!」

「ちょっと、てかげんを、まちがえたですよ」

「加減ね。手はいらないよ」

 下姉妹は納得の様子だが、優菜がハッとして視線を別に移せば、テーブルで野菜を切るシルビアと目が合う。
 シルビアは片目をぱちり。人差し指を唇にあてがった――。



 準備は万端。楽しいバーベキューの始まりだ。
 
 鉄の串に肉や野菜を突き刺し、網の上で炭火にさらし、じっくりと炙る。
 香ばしい匂いに真っ先に反応したのは香菜。熱々の肉をものともせずかぶりついた。
 
「美味しい! さすがママ美味しい!」

「ふふ、ありがとう」

「不思議な味だね。スパイシーな感じがするのに、舌にぴりぴりこなくて、辛くない」と優菜。

「こちらでしか採れない香草を使っているの。香辛料みたいだけれど、子どもでも辛さを気にせず風味を楽しめるものだそうよ。ソフィさんに教えてもらったの」

「へえ。そういえばお母さんって、こっちの世界のお料理を覚えるのが目標だったよね」

「ええ。実は今、目標の数だけ練習しているところなの。これから食卓にどんどん出てくるから、楽しみにしていてね」

 シルビアがにっこり微笑むと、ここから今年度の目標の話になった。
 
「実はわたし、もう目標は達成してるんだよね。だいたい1日1冊ペースだから、もう150冊超えちゃってて……」

「あら、いいことじゃないの。どうして困った顔をしているの?」

「だって、たくさん本を買っちゃったから……」

 気まずそうな優菜に、正蔵は優しく語りかける。
 
「買った分を読みきっているなら、気にすることはないよ。これからもね」

「ありがとう、お父さん」

 安心したように笑う優菜に続けて、香菜が得意げに言う。
 
「あたしも目標は達成したよ。見てて」

 数歩後ろへ下がり、食べかけの鉄串を持ったまま、香菜は軽くぴょんと飛び上がり。
 
 くるくるくるっと伸身後方3回宙返りをして着地した。
 
「バック転どころじゃないわよね、それ。次元が違うっていうか……」

「オリンピックに出られるかな?」

「大騒ぎになるから、やめたほうがいいと思う」

 ちょっと残念そうな香菜の次は、陽菜の番だ。
 
「ひなさまは、たくさんおともだちができたです!」

 傍らでぼんやりしていたブルードラゴンのプルが「クェーッ!」と鳴いた。
 
「ぷるさまが、はじめてのおともだちです。それから、そふぃおねーさまと、モコっちさまと、えりざおねーさまに、らーらいねおねーさま、あどらおばさま。えーっと、あと、しどおにーさま!」

「うん、たくさんできたねー。でもさ、一人忘れてない?」

 香菜の言葉に、陽菜はしばらくぼけーっとしたあと、元気よく叫ぶ。
 
「りーんさまもです!」

「うん。この国のお姫様もそうだね。あの子がここにいたら、忘れられてめっちゃへこんでたろうね」

「えへへ。しっかりしていたです」

「いや『しっかり』してたら忘れないよ。『うっかり』でしょ」

 微笑ましいやり取りを眺めていた正蔵に、優菜がにこやかに声をかける。

「お父さんの目標も今日で達成だね」

「ふむ、今回は目標を気にしてはいなかったな。ちゃんと、というのも変だが、できれば他の国へ三、四泊するくらいの旅行を計画しよう」

 やったー、と子どもたちがはしゃぐ中、エマリアだけは胃のあたりを押さえて苦しそうだ。
 そんな彼女に追い打ちをかけるのもどうかと感じつつも、正蔵はついでとばかりに尋ねた。
 
「ところでエマリアさん、我々は予定通りに帰れるのでしょうか?」

 エマリアはさっと目を逸らし、
 
「げ、現状、問題が発生しているとは聞いていませんので、大丈夫ではないかと思う次第でございまして……」

 これ以上の追及は酷だろうな、と。
 正蔵は「そうですか」とだけ答え、楽しいバーベキューを続行するのだった――。

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