第3回 講談社ラノベ文庫新人賞

講 評

  • 榊一郎(ライトノベル作家) 講評

    最終選考に残った五本は、いずれも読みやすく、ここ数年の応募者全体の文章力向上を感じさせてくれました。勿論、視点揺れに代表される様な、多少の問題は散見されましたが、総じて引っ掛かりを感じる事は少なかった様に思います。
    ただ逆に言えば個性的な文体ではなく、殊更に記憶に残る様な美文名文の類でもないので、ライトノベルとして見れば実に標準的、その点においてはっきりした差が出にくかったとも言えます。

    ライトノベルは別名キャラクター小説と言われる程に、登場人物の設定や立て方が重要になってきますが、この点においては明らかに五本の中で差がありました。恐らくは全体設計としてのプロットを使わず、思いつくままに書いていると思われますが、登場人物の出方に偏りがあったり、折角の味のある登場人物を、非常に勿体ない使い方――ただ出しただけの使い捨ての様な扱い――をしている作品が在り、どうしても、そちらのバランスの良い作品と比べて、一段下に評価せざるを得ませんでした。

    世界観や物語展開については、どの作品も比較的オーソドックス、驚く様な展開や設定はありませんでしたが、大きな破綻も無く綺麗にまとまっていると思います。
    逆に言えば、殆どの作品は『妙な癖が無くよく出来ているが、いざ商業作品として売りに出す場合、何を以てセールスポイントとするか』が判じがたい印象でした。

    こうした印象は審査員全員に共通するもので、それ故に、さして揉める事も無く即断即決された訳ですが――個人的な経験から言わせて貰えば、審査員が揉める位の方が、結果的に後々で話題になる様な作品であると思います。

    いずれにせよ、基本展開の構成力や文章力といった基礎については、全員が非常に優秀であるのは間違いなく、手慣れた感じは、応用性の高さにも通じます。上位入賞作品はほんの僅かな改稿で更に特徴的に化ける可能性が見えました。
    担当編集さん達と二人三脚でのブラッシュアップに期待致します。

    ハロー・ワールド――Hello World――
    個人的には最も推したい作品。ある意味で典型的なボーイミーツガールの物語で、それを過不足無く綺麗に書ききっているのが好印象でした。文章力も一番高く、本当にすらすらと読めてしまった。
    一本の小説として見た場合に、欠点らしい欠点が無い。
    強いて問題点を挙げるとすれば、一点だけ、他の方にも突っ込まれていましたが、明らかな展開上のミスが存在しました。この点に関してはすぐに手直し出来ると思われたため、私は減点対象として捉えませんでした。他の部分のそつのない上手さが際立っていた為です。特に細かい設定部分がとても上手い。展開を不自然に感じさせない様に手を尽くしている感じです。

    その一方で今の流行のタイプの物語かと言われると、そうではなく……むしろかつてのソノラマ文庫系に代表される様なジュブナイル作品に通じるものがあり、少々『旧い』印象は否めません。作品のポテンシャルは高いと思いますので、編集さんや営業さんの販売センスが問われる作品かとも思います。

    サービス&バトラー
    当初と読後で最も評価が変わった作品。はっきり言って最初の数枚は印象最悪でした。
    明らかに使い回し原稿と分かる部分がある上、改めて題名と著者名で調べてみると、応募要項に書かれていない投稿履歴が出てきた事から、作者の、投稿者としての誠実さを疑わざるを得なかったのです。
    ただ、それを理解した上でも尚、ライトノベルとしてはキャラクターを中心によく完成されており、会話のテンポもよく、バランスが良い作品であり、先の『ハロー・ワールド』と並んで私は高い評価を付けました。
    というか読んでたらテニスしたくなるよね、これは。技術的な部分の高さに加えて、テーマやコンセプトもはっきりしているのが更に好印象でした。

    そしてこちらも『ハロー・ワールド』と同様に、作品ポテンシャルとは別に、売り方に左右されると思われる不安要素が在ります。いわゆる不思議要素無しの純然たるスポーツものである為、題名、挿絵、そして販売戦略によって全く売れ方が変わってくるだろうなあ、というのが私の印象です。

    ウィークエンド・ドラゴン~辞書と生贄と最悪な物語~
    とにかく主人公の相棒として出てくるドラゴンがいい。味がある、良い奴。キャラクターとして愛着が湧きます。よくキャラも立っており、今回の五作品全ての中で、一番、印象に残った登場人(?)物でした。

    ただ、それに比して他の登場人物の配置バランスがおかしい印象です。明らかにお話の展開上も、キャラクター性としても意味の無い登場人物が出てきて、結構な枚数をその人物の視点で描いていたり、ヒロインの人物像が微妙にぶれていたり。

    オチに至る流れにも強引な部分が多々あり、理解しづらいのですが、何より一番引っ掛かったのは、『明らかに続編を意識して設定の一部を出し惜しみしている』と分かる部分です。本来であれば説明してしかるべき部分を、一切、説明していません。またこの為に物語の最後に、恐ろしく唐突な展開が生じてしまっています。
    この点が改善すべき点かと思われます。

    断崖のアイベックス
    ある意味で今回の最終選考に残った候補作の内で、最もライトノベルらしい作品。キャラクター設定とその配置、物語の構成、作品コンセプト、いずれもライトノベルの主流に沿ったものになっています。
    改稿の仕方や、挿絵によっては、商品化した際に一番売れるかもしれません。
    ただそれだけに、突出した個性に乏しく、更には最後は延々とバトルシーンが続くせいもあって、物語が印象に残りにくい感じがしました。
    またこの作品も、明らかにシリーズ化を意識して設定の出し惜しみをしている感があり、それが消化不良な印象となっています。

    星撃の青い魔弾
    中二病。ものすごく中二病。良くも悪くも中二病。
    設定や構成に突っ込み所は山ほどあって、キャラクターに関してもヒロインや主人公が最もモチベーションが見えずドラマが薄いのですが、何というか、『ああ、こういうのが好きで書きたいのだなあ』と作者の情熱が感じられる作品です。その部分に共感を覚える事が出来れば、とても面白く読める作品かと思います。

  • 藤島康介(漫画家) 講評

    選考会は今回で3回目になりますが、投稿作品全体のレベルが回を重ねるごとに高くなっているように思います。ただその反面、投稿作品で完結させる、出し惜しみをせずに書ききる、という全力投球や勢いが足りなくなっているのでは? という印象も受けました。また最終選考に残った5作品に共通することですが、物語の始まり方が通り一遍倒なのが目立ちました。作品の冒頭は読者を引き込む大切な部分なので工夫したりオリジナリティを意識して描いてほしいです。

    選考は『ハロー・ワールド――Hello World――』と『サービス&バトラー』を軸に、『ウィークエンド・ドラゴン~辞書と生贄と最悪な物語~』も加え3作品が大賞、優秀賞を争い、大賞1作品、優秀賞2作品、佳作2作品という結果となりました。

    大賞の『ハロー・ワールド――Hello World――』は小説としてのまとまりが良く、次がどうなるか気になるようになっていたのが良かったです。シチュエーション作りにも気を遣っているので、突飛な場面も納得のいくように仕掛けがしてありました。残念ながらキャラクターを物語の都合で動かしている部分が見受けられることと、どうにもならない状況が実はどうにもならなくないという回避可能なエピソードに疑問が残りますが、全体としては最後まで楽しく読めました。今後の作品は読者の予想を上手く裏切るようなものになることを期待します。

    優秀賞の1作品『サービス&バトラー』は設定、展開、素材は良いものを感じました。ただ多々ブレがあり、それらをフルに活かせていないのが勿体なかったです。また人称が安定していないことや設定作りに際しての知識不足がみられ、物語のリアリティさが感じられなかったのが残念です。読者を引き込む、納得させることにも繋がるので知識を増やし作品作りに活かしてほしいです。
    もうひとつの優秀賞作品『ウィークエンド・ドラゴン~辞書と生贄と最悪な物語~』は物語展開、設定など粗は多々ありますが、登場キャラクターのドラゴンの魅力で物語を引っ張っていく力を感じました。個人的には主人公とドラゴンの、理由はないけど無敵キャラでよくわからない強さが好みではありますが、そのほかのキャラクターの個性不足が作品の魅力を半減させていますのでキャラクター作りへの注力も必要です。

    佳作の1作品『断崖のアイベックス』は一定のレベルの作品ではあるものの、ストーリーの盛り上げ方など構成、展開に改善が必要ですし、読者目線を持って描いてほしいです。また物語をきちんと終わらせる、という気持ちを持つことも意識してほしいところです。
    もうひとつの佳作作品の『星撃の青い魔弾』は5作品の中では一番ライトノベルらしい作品で中二病臭さが振り切れていてむしろ新鮮でした。ただ文章が読みづらかったことや世界が滅びるかもしれない危機状態にもかかわらず、その危機感がストーリー、キャラクターから感じられなかったです。

  • 三浦 亨(㈱アニメインターナショナルカンパニー(AIC)代表取締役) 講評

    初めてライトノベルの選考会に参加させていただきました。
    ラノベを読む面白さはエピソードを積み重ねていきキャラクターを浮かび上がらせていくのがそのひとつかと思います。今回の5作は勝ち上がってきた作品だけにどれも楽しく読むことができましたが全体にその部分がもう少しほしかったです。ストーリーに関係しなくても役に立つキャラクターもあるのでは。

    大賞の『ハロー・ワールド――Hello World――』は見様によってはラノベらしくない、という部分が逆に面白く読めました。ページをめくらせる力があるので今後さらに精進してください。
    優秀賞作品のひとつ『サービス&バトラー』は鉄板の印象が強いですがラノベらしい主人公の立て方で映像が思い浮かぶような文章とストーリーでした。ただ既視感があるので冒頭の入り方の工夫やプラスアルファとしてオリジナリティがほしいところです。そしてキャラクターが弱く、世界観、設定に甘さや薄さがあるので説得力、ストーリーにより深さを出すためにも知識を増やすことも大事にしてほしいです。
    ハロー・ワールド――Hello World――』と『サービス&バトラー』はともにキャラクター描写が紹介文的になっており、もう少しアイデアがほしいところです。そこを改善するだけでもさらに幅のある作品が描けるようになると思います。
    もうひとつ優秀賞作品の『ウィークエンド・ドラゴン~辞書と生贄と最悪な物語~』は様々なアイデアと振りがあり面白かったです。特にドラゴンはキャラクターがすごく魅力的で惹きつけられました。ただそれらアイデアがうまく機能していない部分も多々あり消化不良になっています。登場人物、物にきちんと設定、オチを付けることが必要だと思います。

    佳作作品のひとつ『断崖のアイベックス』はブレが目立った部分はありますが文章がしっかりしているところも見受けられるし、これからに期待したいです。
    星撃の青い魔弾』は日常シーンとアクションシーンのバランスを考えてみてはいかがでしょう。アクションシーンには良いところもあるのですが、ちょっと疲れてしまいます。
    諸々の構成に工夫をしてみてください。

  • 渡辺 協(講談社ラノベ文庫編集長) 講評

    今回は総数228作品を応募頂きました。あくまで個人的な体感になりますが、レベルが毎回上がっていると思います。これまでの3回、一緒に選考をお願いしている、藤島康介氏からも同じ感想を頂いております。これは回を追って、応募者の皆さんのレーベル認識の焦点が合ってきたからかもしれないと思っています。
    しかしながら、せっかくの新興レーベルの新人賞ですので、多少、破天荒なのでもいいですよ。ほぼ、だいたいの作品を現場の編集が確認できている今の状況は、応募者の皆さんには、きっとチャンスです。一発、チャレンジして頂いて、明日のラノベの主流、新たな王道を作って頂ける事を期待しています。次回に向けて頑張って頂きたいです。

    選考は編集部が最終的に選んだ5作品を選考委員が審査し、今回から新たな選考委員として、榊一郎氏と三浦享氏に参加して頂きました。賞は比較的すんなりと決まりました。各選考委員がそれぞれ2作品を推し、全員が推した『ハロー・ワールド――Hello World――』が大賞となり、他の推された数の多い作品を優秀賞として、結果として前回と同様に、大賞1作品、優秀賞2作品となり、2作品は佳作としました。受賞作品は全て、講談社ラノベ文庫で順次刊行を目指します。従って毎度、書かせて頂きますが、各作品についての本当の評価は今後に予定している出版後に読者の皆さんにゆだねたいと思います。

    今回の選考を通じての感想と、もしかしたらアドバイスです。他の選考委員の方々も個々の選評にて書いておられるので重複しているところもありますが、最終選考作品以外の応募作品につきましても、明らかに作者が構想の全てを出し切っていない様に感じられる事が多々ありました。これはたぶん、ラノベの出版状況を作者が鑑みて、続きの構想を持って作品に臨んでいるのではないかと思います。現実的とも思えますが、実は賞選考の時には不利に働きます。新人賞作品には、とりあえず作者の構想の全てをぶつけた方がいいです。受賞後の事は、まず受賞してから考えましょう。その時には、私達も編集として一緒に考えますから、きっと大丈夫です。これはきっと、全ての新人賞に言える事だと思います。それでは、また、第4回講談社ラノベ文庫新人賞への挑戦をお待ち申し上げます。

2013年10月11日  講談社ラノベ文庫編集部

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